剛鋭と玉髄たちは、湖のみぎわまで出てきていた。
青玉の言葉を確かめるため、いま空を覆っている雲の上まで飛ぼうというのだ。
「雲の上へ行くって? 危ないよ!」
心配する賢歩をよそに、騎龍たちは空へ飛ぶために精神を鎮め、呼吸を整える。空は濃い雲におおわれて、いまにも雨が降り出しそうだ。
「天気の悪い時は、熟練の騎龍でも集中力を乱して落ちることがあるんだから!」
「承知の上だ」
剛鋭が、賢歩に答えた。賢歩はむうっと口を尖らせる。
「危ないのに……、なにも見習いの彼らじゃなくてもいいでしょ?」
「手前、言ったろ。こいつらは、普通の騎龍とは違う使い方ができる、と」
剛鋭はニッと笑った。
「そいつを試してみる。ちょいとキツいのは、乗り越えてもらうぜ」
「もぉぉ……無茶はさせないでよー。死なせちゃったら、意味がないんだから」
剛鋭は笑ったまま、手を振って応えた。そして、やや離れた場所で精神を整えていた見習い騎龍たちの前に行く。
「準備できたか、見習いども!」
「はい!」
「見ての通り、天気が悪い。途中で雨になるかもな」
剛鋭は親指で、天をさした。
「だが、顔や体に水がかかった程度であわてるな。龍の現出には、俺たちの意識が大きく影響する。雨程度で乱されるような集中力だと、最悪、龍が消えて墜落することもある」
三人は、神妙な面持ちで剛鋭の言葉を聞く。
「ここが手前らの腕の見せ所だ! おのれの騎龍の力、見せてみろ!」
「はい!」
三人の若い騎龍たちの声が唱和する。そして、それぞれに距離を取って浅瀬に立ち、おのれの体の中に呼びかけた。四色の鮮やかな光が、あたりを彩る。四人の瞳がそれぞれの色に変化し、喉元に光る逆鱗が現れる。
「来い、我が龍よ!」
そして、如意珠の孔から龍が現出する。
騎龍たちはその背に跳躍し、大地という戒めから解き放たれた。龍の浮力を感じながら、騎龍たちは上空を目指す。
「いいか! あの雲を一気に突き昇り、その上を見に行く!」
剛鋭の瞳が、その龍の瞳と同じ、血紅色(けっこうしょく)に輝いている。その迫力をもって下される指示は、聞かずにはいられない。
「雲に入るまでに十分に速度を上げろ! そしてためらわず雲に入れ! 中では、ただ一方向に向かって飛べ! わかったか!!」
「はい!」
「いくぞ!!」
十二分に引き絞られた弓から、矢が放たれるように。龍が大気を貫いて飛んでいく。
騎龍たちは龍頭の上にしゃがみ、風の抵抗を避ける。その体が龍から落ちないのは、龍の不思議な力によるところだろうか。玉髄も応龍の角に両手をかけ、身をさらに低くした。風の抵抗が減って、息苦しさが消える。
そして龍たちは速度を落とさずに、分厚い雲の中に突入した。
「うわっぷぷ!」
水滴と風が、顔面を襲う。思わず失速しそうになる龍を抑え、若い騎龍たちは方向を変えず飛ぶ。ここで上下の感覚を失えば、息もできないこの雲の中で遭難することになる。
玉髄(ギョクズイ)の龍が、風の抵抗を受けない程度に翼を広げ、亮季たちの龍の前に入った。押し寄せる風が翼によって流れ、亮季たちの上昇をすこしだけ助ける。
「ぷあ!」
突如、嵐の闇が途切れた。呼吸が一気に楽になり、そして心地よい冷気が彼らを撫でた。
「ここが……」
「雲の上……」
若い騎龍たちは、目を奪われた。見渡すかぎりの雲海は、その中の激しさなど嘘のように、凪いだ湖のようである。白く、柔らかくゆったりとしたその平原は、足をつければ歩けそうだった。
「涼しいんだなぁ、雲の上って」
吹き抜ける風が、水晶のように冷たい。雲を抜けてきたせいで、多少湿ってしまった服と鎧が、その風に乾かされる。
「あんな中を通ったんだから、もっとびしょびしょになりそうなものだけど。服も顔も、あんまり濡れてないわね」
「これも龍の力のせいなんだろうか?」
三人は改めて、世界と龍の不思議をしみじみと感じた。
「おい! 見習いども! 早く来い!」
「は、はい!」
だが長く感慨にひたっている場合ではない。剛鋭の怒鳴り声に、三人はあわててそちらへ飛んだ。
「来たか。上を見ろ」
剛鋭の示した先を見上げる。はるか上空、そこに巨大な雲の塊が見える。黒く厚く、見るからに嵐を孕んでいそうだ。
「雲の城だ……」
亮季がつぶやく。喜玲が剛鋭に尋ねた。
「動いてるんですか? あれ」
「ごくゆっくりだがな。西へ動いてる」
玉髄も目をこらした。黒い雲の塊。パッと見ただけでは動いているようには見えない。もっとよく見ようと、玉髄は目を細める。と、あの雲の端に、雷電が閃いた――ように見えた。
「――!」
玉髄は、胸元を押さえた。心臓が大きく打った気がしたのだ。
「どうした」
「厭な、感じがした気がして……」
「ふむ」
剛鋭が眉を寄せた。
「しかし……まずいな」
小さなつぶやきが、風に流れる。
「よし、戻るぞ。またあの女に聞くことがある」
赤龍が身をひるがえし、それに残りの三匹も従った。
降りる時のほうが、玉髄らを消耗させた。それでもなんとか雲の下に出た時、すでにそこも雨が降っていた。玉髄たちは濡れ鼠になりながら、兵舎へと戻った。
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