翌朝。
朝食を済ませた新人騎龍たちは、なんとなく集まって談笑していた。調練が始まるまでの時間つぶしだ。しかし、周囲の大人たちは彼らには目もくれず、忙しそうに走り回っている。
「なんか、ものものしいね」
「軍の施設が襲われたんだ。もう大騒ぎ。俺らの調練どころじゃねーや」
亮季がため息をつく。
如意珠を授かり騎龍となった者は、見習いとして一定の期間、調練を受けることが定められているそうだ。それを経ねば、王国軍の戦士としては認められないのだ。
「このままじゃ、俺たちの残りの調練は延期かもな。また青山に戻らされるかも」
「ええー」
喜玲もまた、がっくりと肩を落とす。王国軍の騎龍となれば、王都でつとめる機会もある。長く東方の山にいた彼らには、それが楽しみだったのだろう。
「見習いども、ここにいたか」
背の高い将軍と、幼い司龍が連れだってやってくる。若い騎龍たちは愚痴を中断し、敬礼した。
「朱将軍、解司龍おはようございます!」
「はーい、おはよー」
剛鋭はキリッとしたものだが、賢歩はまだ眠り足りないのか、目がしょぼしょぼと揺らいでいる。
玉髄は思い切って、尋ねてみた。
「あの、朱将軍……青玉は、いま、どうしてます?」
「あ? 見張りをつけてある。勝手なことはさせん」
「昨日の夜、変なことはしてませんでしたか?」
「いや? そんな報告は受けてねぇな」
内心ほっとする。青玉が抜け出していたことは、悟られていないらしい。
「そんなことより、これからのお前たちのことだ」
剛鋭は、若者たちがいちばん気にしている話題を持ち出した。
「亮季、喜玲、玉髄。手前らは俺の補佐に回れ。それで調練の代わりにする」
「ええっ、それでいいのですか!?」
「昨日の戦いぶりを見た。基本的なことは、もういいだろう。それよりも優先すべき事項がある。あのバケモノどもは、空から来た。そいつを調べに行く。きちんとついてこいよ」
「はい!」
三人は姿勢を正した。その瞳には、強い光があった。
「まずは、あの食えない小娘からだ」
剛鋭は玉髄たちを連れ、兵舎の一室に向かった。
「手前らは余計なことを言うな。俺が質問する」
「はい」
そこは、青玉が閉じ込められている部屋だった。彼女は椅子に座らされ、周囲には武器を持った兵士が控えている。
「あら、今日は玉髄たちも一緒なのね」
剣を突きつけられても不思議ではない状況だが、青玉は余裕しゃくしゃくだ。無理もない。彼女には緊縛も武器も効かない。軍人たちの腰の剣では、彼女のあくびを妨げることもできないだろう。
「ねぇ、ここから出してくれない?」
「ならん。手前は俺たちの質問に答えりゃいいんだ」
剛鋭は青玉から視線をそらす。彼女の瞳には、騎龍たちを誘惑する色がある。それを見ないようにしているのだ。
「あの蜚牛の件だ。手前なら知っているだろう」
青玉はすこしうつむいた。なにかを考えているような表情だ。
「あの雲の上には、もっと大きな雲がある」
そして出た答えは、どこか呑気なものだった。
「どういうことだ?」
「そのままの意味。まるで城のような雲。それがゆっくり、東から西へと進んでいる」
青玉は、すいっと手を宙にさまよわせた。
「琥符の行方を見失って困っていたら、あれを見つけた。調べようと思ったんだけど、雲までの高さがありすぎて、とてもじゃないけどそこまで飛べなかった。
仕方ないから、下層の雲の上で見張ってたんだけど。そしたら、蜚牛の塊が、その雲から落ちてきたの」
「……そうか」
剛鋭はむすっとした表情で、ほかの兵士に指示を出した。しばしして、大きな卓(たく)が運び込まれ、その上に地図が広げられる。
「すごい。結構、精巧なのね」
その地図は、峰国全土の地図だった。
他国のほとんど妄想で書かれたような地図とちがい、街道の曲がり具合、湖の形、城の面積、深山幽谷の地形、どれをとっても正確さが違う。その技術はひとえに、騎龍の飛行能力を最大限生かした結果だ。
「で、どのあたりからその雲の城とやらを追ってきた?」
「このあたりからずっと」
その詳細な地図の上に、青玉はぽんと駒を置いた。本来なら、軍兵の位置を示すための駒だ。そしてその上から指をさし、すっと線を描く。
「間違いないな?」
「ええ」
青玉が手で描いた線は、直線だった。雲はある一点に向かって、まっすぐ進んでいるのだ。その先にあるのは――。
「……このまま行くと、王都の上を通るな」
その場にいた者の空気が、ピシリと張りつめた。
「蜚牛があの雲から落ちてきたのは、間違いないな?」
「ええ。わたしの龍たちに誓って」
剛鋭がすこし驚いたように目を見張り、思わず少女の方を見る。おのれの龍に誓う――それは、騎龍にとって、最も神聖な誓いだ。
「本当なんだな?」
「信じられないなら、見てくれば? あなたの龍なら、できないはずはない」
焚きつけるような言葉に、剛鋭は眉を寄せた。
「……行くぞ、見習いども。ほかの奴は、そこを片付けておけ」
剛鋭は亮季たちに指示すると、部屋を出る。
「青玉、おとなしくしててね」
「うん」
部屋を出るまぎわ、玉髄がそう言うと、青玉は素直にうなずいた。剛鋭が玉髄を睨む。玉髄はあわてて、同輩らとともに出ていった。
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