龍は吟じて虎は咆え
弐ノ一.侍従の仕事


 王国軍は、ようやく王都に帰還した。
 危機があったとはいえ、勝利は勝利。国王の徳を讃える声が、世間に満ちていた。だが、戦(いくさ)の傷はすぐには癒えない。王宮に戻ってきても、あわただしい日が続いた。
「玉髄……結構、手ひどくやられたんだね」
「あの子が、跋軍の龍師なんだろ? 方士が武術に長けてるなんて、聞いたことないよ」
 玉髄(ギョクズイ)はアザのできた胸を撫でて、ふてくされていた。
「軍師も手こずるだろうな……」
 つぶやいた玉髄の口調は、友と一緒にいるときのそれだった。やるべきことを終えたあと、晃曜と玉髄はただの友人同士であれる。
「玉髄が嫌でなければ、あの女の子の世話、お前に任せていいか?」
 晃曜が、そう提案をした。玉髄はきょとんとして、尋ね返す。
「え? しかし、軍師が……」
「許可は取ったよ。お前は優しいから、なにか聞きだせるかも」
「まあ、軍師と我が君がおっしゃるなら」
 玉髄は、軽い口調で請け負った。晃曜が微笑んだ。
「軍師たちは、焦ってる。いくら我が国が小さくとも、あっというまに花白も陥落させられたんだ。国を護るための課題が、山積みになってしまった」
 若い国王は、ふうっとため息をついた。
「跋軍の強さは、断京が騎龍だったというだけじゃない。断京が消えてしまったのはなぜか、あの虎符はなにか、あの少女は何者なのか……軍師たちは、すべて聞き出すつもりらしい」
「とは言っても……しゃべるのかな、あの子」
「なにも話さないらしい。なにを聞いても、だんまりだそうだ」
「そこで、僕が世話をしても……あんまりお望みの結果は、期待できないかもよ。だって、いきなり僕を蹴っ飛ばした子なんだよ?」
「そうだったね」
 玉髄のふてくされも気にせず、晃曜は微笑んだ。
「だから、仲直りも兼ねてさ」
「はいはい」
 肩をすくめて、そして玉髄は拱手(きょうしゅ)した。その顔は、笑っていた。


「よっ、話は聞いたよ」
「至将軍……それに、朱将軍も」
 あくる日、王宮の廊下で、玉髄は呼び止められた。後衛将軍・至英凱(シ・エイガイ)と、前衛将軍・朱剛鋭(シュ・ゴウエイ)だ。
「ま、いかつい武人に問い詰められるより、君みたいな優男のほうがいいかもねぇ」
 自身も相当な優男である英凱(エイガイ)が、笑いながら言う。
「ずいぶんと、綺麗なおチビちゃんだったしね」
「ハン、薄気味わりい」
 英凱は、涼やかな切れ目をさらに細くした。反対に、剛鋭(ゴウエイ)が苦々しげに吐き出す。
「で? これから会いにいくの?」
「はい。食事の時間ですから」
 玉髄の手には、粗末な食事を乗せた膳がある。虜囚の食事だった。
「頑張ってきなよー」
 やや無責任な響きのある声に後押しされて、玉髄は牢へと向かった。

<<前  ‖ 戻る ‖  次>>
初出:2009年9月7日