いつものように、玉髄は少女に食事を運んだ。
だが、彼のまとう雰囲気が違うのを、少女は察したようだった。
「玉髄、どうしたの?」
「……君の」
玉髄は暗い表情を隠さなかった。
「君の、処刑が、決まってしまった……!」
その言葉を聞いても、少女は泰然としていた。その揺らぎもしない青い瞳を見ていると、玉髄は感情が昂ぶるのを感じた。牢の格子をつかみ、声を張り上げる。
「何か話してよ! 僕は君を死なせたくはない!」
「…………」
少女は顔を伏せた。その唇から、望む言葉は出てこない。
「だから、なんでそんなに意固地なんだよ!」
「まだ、秋じゃないの」
「まだ……って、明日は朝一で君の処刑が行われるんだよ!?」
石牢の中に響く少年の声。暗く熱い空気に、よく通った。
「ありがとう、玉髄」
少女は静かな表情だった。その頬には、微笑みさえも浮かんでいるように見える。
「でも、いいの。いい機会だから」
「いい機会って、なにが……」
「いいの」
「よくない! 君は知らないの!? 方士と見なされた者が、どんな風に処刑されるか!」
方士や仙人。つまり、ただ人のおよばぬ力や法を持つ者を殺すときは、その肉体は徹底的に破壊される。復活しないように、怨霊となって化けて出ないように、その魂までも破壊するほどの壮絶な方法が取られる。
「……首を斬り落としたら、舌を抜いて、それから――」
「体をバラバラにされて、灰になるまで燃やされる?」
「知って……たの」
「うん。これでも、そういう力のある者のはしくれだから」
少女は、事もなげにそう言った。玉髄は脱力したように座り込んだ。
「僕には、君を救うだけの力がない……」
うなだれる少年。
泰然とした少女。
どちらが処刑される立場なのか、わからないくらいだ。
「昔っから、力なんてなかったけど」
玉髄は、背を硬い石壁に預け、深く座り込んだ。状況への絶望は、少年の感覚をすこしだけ麻痺させる。ここに自分がずっといれば時が経たない。そんな気さえしてきた。
おたがいに無言のまま、しばらく、そうしていた。
「行くの?」
「……ん」
返事らしい返事もせず、玉髄は立った。膳を取り少女に背を向ける。
「玉髄」
その時、少女が玉髄を呼び止めた。少年は、そっと振り返る。
「せいぎょく」
「?」
玉髄は、何のことかわからず、呆けた顔になる。
「わたしの、名前」
少女は笑っていた。玉髄は目を見張った。
「青玉よ。玉髄」
「青玉……」
玉髄は、思わずつぶやいた。
それは青い宝石を意味する。まるで彼女の瞳のように、澄んだ響きの名前だ。
「……綺麗な名前だ」
玉髄は素直にそう言った。きっといま自分は涙を眼にため、情けない顔になっているだろう。
「青玉、僕は……もっと君と話したかった」
「ありがとう。玉髄は、優しい人だね」
青玉は、にっこりと笑った。
「その優しいトコ、わたし、好きだよ」
好きだ。少女のその言葉が痛い。この人を助けたい。けれどそれだけの力はない。不甲斐なさを身に沁みるほど感じた。
「さよなら――青玉」
別れの言葉。残酷だが、彼自身、思い切るという意味もあったのだろう。
「うん。おやすみ、玉髄」
だが、少女はさよならには答えなかった。
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