「どうしたの? 元気ないね」
牢に入り、食事を済まさせたあと――少女は、そう尋ねてきた。
「君がなにも話してくれないから」
返事が思わず皮肉になる。これでは八つ当たりだ。玉髄は、未熟な自分にため息をついた。
「なにか、あったんだね?」
青い瞳が、真剣な色になる。玉髄はかえって気まずく思った。
「皆、せっかちなんだ。もっとゆっくりの方が、君はいいんでしょ?」
「ゆっくり?」
「秋が、来るまでさ」
「……わたしが話さないから、玉髄は怒られたの?」
「…………」
玉髄は返事を返さなかった。少女の青い目が、すこしだけ悲しそうな色を帯びた。
「ごめんね」
「謝らないで」
「でも、迷惑をかけた」
玉髄が次の言葉を継ごうとした時、獄吏が彼らのもとまでやってきた。
「軍師殿がお呼びだ。出ろ!」
もう尋問の時間か。数人の獄吏が少女をひきだす準備に入る。それを横目に見ながら、玉髄はそそくさと膳を回収した。
「また明日」
少女がすこしだけ笑った。
少女は、軍師の前にひきだされた。王国軍の将軍たちも、その場にいる。跋軍の龍師――そう目される者に、高官たちの注目が集まっていた。
巻き髪の軍師知登紀が、穏やかな口調で尋ねる。
「跋軍のあの強さ、なにか秘密があるのでしょう? 話していただければ、あなたの罪は問いません」
答えなければ、罪に罰が与えられる――軍師は、暗にそう脅していた。
「断京に如意珠を与えたのは、あなたですか?」
「…………」
「では、あの虎符はなんなのですか?」
「…………」
少女は目を閉じたまま黙っていた。その様子はまるで眠っているかのようだ。答える気配は微塵もない。
「では――」
「…………」
その時、小さく、少女の唇が開いた。なにを言うのか。周囲の緊張が高まる。そして、その紅の唇が、息を吸って――。
「ふあぁぁぁ……」
緊迫した空気をブチ破る、間の抜けた大あくびだった。峰国の高官たちは、一瞬呆気にとられる。少女はそれを気にする様子もなく、今度は眠そうに、前方に戒められた手で何度か目をこすった。
「こ……っの、クソガキ! いい加減にしやがれ!」
「剛鋭、落ちついて落ちついて!」
「こんなヤツが龍師なワケねぇだろう! とっとと処刑しちまえ!」
いきりたつ者やそれをなだめる者、呆れたようにため息をつく者で、騒然となる。
それからも、なだめたり脅したり――あらゆる方法で答えさせようとさせながら、質問が繰り返される。
しかし、ついに少女はなにも話さなかった。
「玉髄殿」
その日の夕方。
牢獄へ、粗末な膳を持って歩いていた玉髄に、声がかかった。振り返ると、ゆるやかな巻き髪の軍師が立っている。その美しい容貌は、鮮やかな王国軍の指揮にふさわしい。気性の荒い将軍たちでさえ彼女の前には和(やわ)らげられる。
「知軍師。おつとめ、お疲れ様です」
玉髄もにこやかな顔で応じた。国王のところで何度も顔を合わせている。将軍たちと対峙するよりは、気が楽だった。
「あの少女のところへ、行くのですね?」
「はい」
「……その少女の、ことなのですが」
女軍師の声が、低く悲しそうな色を帯びた。
「……処刑?」
「残念ですが、そうせざるを得ないでしょう」
軍師は表情を変えなかった。あの少女を処刑する。それが決まったそうだ。
「我が国が受けた脅威を考えれば、彼女を解放することは到底できません。帰順もしないならば、やはり……」
「そんな! 彼女はまだ、秋じゃないと!」
玉髄は思わず膳を取り落として詰め寄りそうになった。出そうになる手をぐっと抑え、なんとか言葉だけで抗議する。
「秋?」
「牢で、何度か話をしました。自分の名も名乗ってはくれませんが、彼女は……まだ秋ではないと、何度も」
強い口調で、玉髄は訴えた。それは、あの少女への信頼からくる感情だった。
「秋(とき)が来れば、きっと話してくれるはずです!」
「いつ、その秋がくるのでしょう? そしてそれは、なんのための秋(とき)なのでしょう?」
「それは……」
答えられない。玉髄はくやしそうに眉をしかめた。
「明日の朝、刑場にて斬首に処します。それから――方士を滅する方法で処分します」
「――!」
方士を滅する方法――それを聞いて、玉髄は立ちすくむしかなかった。その残酷な方法を、彼は知っていた。膳を持つ手が小さく震えている。
そうしているうちに、軍師は話を切り上げた。踵を返し、ゆっくりと立ち去ってゆく。それを止めることもできずに、玉髄はしばし呆然としていた。
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