また次の日も、玉髄は牢へ行く準備をしていた。虜囚用の食事の膳を、取りに行くのだ。
だがその途中、声をかけられた。
「おい、玉髄」
「朱将軍……」
厳しい表情のまま、大柄な将軍が迫ってくる。
前衛将軍朱剛鋭だ。殺気と間違えそうなほど、刺々しい雰囲気をまとっている。
「あの女の世話、してるんだろ。なにか、聞き出せたか?」
「いえ、まだなにも」
「なにやってんだよ!」
その瞬間、玉髄は胸倉をつかまれて壁に押しつけられた。ダン、と壁が音を立てる。
「朱、将軍……!」
「いいか、あのガキは間違いなく、跋の秘密を握ってやがんだ」
玉髄が顔を歪めたのにも構わず、剛鋭は詰め寄った。ギリ、と堅強(けんきょう)な拳に力が込められる。玉髄はさらに身を硬くした。
「のんびりやるなよ。とっとと吐かせろ!」
「剛鋭、そのくらいにしといてあげなよ」
剛鋭が怒鳴ったのと同時に、飄々(ひょうひょう)とした声がかかった。後衛将軍至英凱だった。仕事中に通りかかったのだろうか、書簡をいくつか持っている。
「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃない?」
「英凱! 手前は黙ってろ!」
獅子吼、と称される剛鋭の怒鳴り声だ。普通の人間なら、すくみあがってしまうだろう。
しかし英凱は慣れているのだろう。たじろぐ気配も見せなかった。
「アンタの悪い癖だ。戦じゃないんだから、もっと気長になりなよ」
「なれるかよ!」
剛鋭はまた咆えた。
「跋には、花白まで抜かれたんだぞ! 同じ失態を犯さぬためにもだな――」
「犯さぬために、玉髄君はあのおチビちゃんの世話してるんだろ?」
「そいつが駄目だから、言ってるんだろ!」
「それ以上言いなさんな。玉髄君に命令したのは、晃曜様だろう? アンタ、晃曜様のご意向に楯突くことになるよ」
「……チッ」
剛鋭は、ようやく玉髄を離した。少年は、床にへたり込む。息苦しさと緊張からか、軽く咳き込んでいた。
「いいか、急げよ! 晃曜様のお優しさに、甘えるな!」
鋭く言い放つと、剛鋭は足音も荒く去っていった。
剛鋭の姿が見えなくなると、英凱が玉髄の肩に手をかけた。
「ごめんねぇ、アイツは昔っからああでねぇ」
「いえ……至将軍、ありがとうございました」
心配をかけないように、薄く笑ってみせる。英凱はそれ以上、玉髄を介抱しようとはしなかった。
「で、どこまでいったの?」
「ど、どこまでとは?」
英凱の問いに、玉髄はとまどいながら訊(き)き返す。英凱の笑顔には、つかみどころがない。
「あの子の名前くらいさ、聞き出せてるんじゃないの?」
「……いえ、本当になにも」
そう答えると、英凱は軽く息をついた。さすがの彼も、すこし失望したのかもしれない。
「ま、なにか力になれることがあったら言ってよ。アタシも、あの子には興味ある」
「なぜ、そこまで?」
「んー……将軍の勘、かな? いや、どちらかと言うと、騎龍の勘かな。あの子が断京に力を与えたなら、それは結構すごいことなんだ」
とぼけたような表情で、英凱はヒラヒラと手を振りながら言う。
「ま、とにかくさぁ、晃曜様だって、お気に入りのアンタに世話まかしてるんだ。あのおチビちゃん、結構重要な人間なんだろ?」
「そう、なのでしょうね」
「じゃ、頑張ってねぇ」
無責任で軽い言葉を残して、将軍は去っていった。
「……急がなきゃ」
はーっと大きく息を吐いて、玉髄は足を速めた。
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