鬼仏尊会 〜付喪神のオレと神虫のキミ〜
第四章 二 同じ心



 神虫族の伝統薬によって、らいの容態は落ち着いた。
「学園長、先生……」
「気がついたかね」
 らいはクンクンと鼻を鳴らす。
「お薬の匂い……」
 自分の体から、神虫族の薬の匂いを嗅ぎとったのだろう。
「誰が持ってきてくれたんですか?」
「一磨君が収納場所を教えてくれたよ」
「そう……ですか」
 ひどく疲れた様子だ。眠るように目を閉じる。
「一磨さんは?」
「……彼は隔離された」
「――!」
 閉じかけていた目を見開く。
「彼は鬼に成りかけている」
 らいは起き上がった。
「竜野君!」
「一磨さんに……一磨さんのところに!」
 今にも飛び出しそうならいを、学園長は押しとどめる。
「駄目だ。君は君自身を治すことに専念しなさい」
 らいはがっくりと肩を落とした。
「彼から伝言がある」
「伝言……ですか?」
「次に会ったとき俺が鬼になっていたら、俺を喰ってくれ――と」
 らいが顔を上げる。目を見はっている。驚いているのだろう。黒い瞳が揺れる。目尻に涙がたまる。
「…………」
 らいは唇を噛み、またうつむいた。
 首肯(うなずき)ではなかった。くやしさに体を震わせている。
「岡留君の行方も依然として不明だ」
「……学園長先生」
 らいが尋ねる。
「岡留先生は、信用のおける方ですか?」
「どういうことかね?」
「間違っていたら叱ってください。でも、わたしはあの方を信用できないんです!」
 らいの剣幕に、学園長は何かを悟った。
「何があったのかね?」
 らいは観王寺で起こったことを話し始めた。
「宿坊に泊まったとき、何となくわたしの話になったんです。岡留先生が退魔士になった理由はお聞きしてましたから……わたしも、訊かれて、話しました」
「神虫のことをかね」
「はい」
 もとは天竺の者であること。人の姿をとり、人の法に従って生きると一族が定めたこと。鬼を喰わなければ生きられない体質のこと。そんなことを話した。
「そしたら、岡留先生は……」
「何と言ったのかね?」
「鬼の呪印を使えば、鬼類を量産できるのではないか――と」
 食糧生産は、人が当たり前に行う行為だ。しかし神虫にとっては意味が違う。彼らが喰らうものを人工的に造ること――鬼を生み出すことにほかならない。
「そんなの許されない! そうまでして餓えをしのぎたいと思うほど、神虫族は卑しい者ではありません!」
 神虫の誇り高さを、らいは初めて見せた。
「退魔士としても、許されない言葉です。ましてあの方は、ご家族を……!」
 鬼によって殺されているはずなのに。なぜそんなことが言えるのか。
 らいには理解できなかったという。
「悪気はなかったのかもしれません。でも我慢できなかった。一磨さんに話そうかと思ったんです。そうしたら自分も、落ち着くかと思って」
 夜中にいきなり一磨の部屋を訪ねた。
「でも……言えませんでした」
 らいは顔を両手で覆った。
 岡留は嘘の説明を一磨にした。らいにももっともらしいことを言って口止めした。
「怖かった。嫌われるのが怖かった……!」
 一磨と岡留。どちらの顔色もうかがって、結局自分の思いは告げられなかった。
「また誰からも嫌われてしまうと……思って……」
「つらい思いをしたな」
 学園長はそっとらいの頭をなでた。
「その話は、私の胸に留めておこう」
「はい……」
「あらゆる可能性を考えて、岡留君を捜す。彼女さえ見つかれば真意もわかるだろう」
 らいは黙ってうなずく。
「玉石君を救う方法も考える」
 涙をぬぐいながら、らいは顔を上げる。
「呪印を吸ったときわかりました。あれは鬼の血を使う呪いなのだと」
 鬼の血が、対象者の血と混じり合う。鬼の血に惹かれて、対象者の鬼性が目覚める。
「その血を持つ鬼を滅することができれば、あるいは……」
 呪いは解けるやもしれない。
 そもそも呪いとは、術の行使者を倒したり、術の媒介となっているものを滅却すれば解けることが多い。呪詛返しなどもそうして行われてきた。
「鬼は、朱顎王はかならず来ます。一磨さんを『我が宝』と言っていましたから」
 みずからの宝を取り戻すため、朱顎王は必ずやこの学園を襲うだろう。
「やってきた朱顎王を倒せば、きっと呪いは解けます」
「うむ」
 学園長はしっかりとうなずいた。
「全力を尽くそう。君は養生なさい」
「はい……」
 学園長が病室を去る。
 らいはひとりになった。
「一磨さんに……会いたい」
 会って何を言う?
 励ますのか?
(違う)
 詫びるのか?
(違う)
 答えは出ない。
「わからない……」
 何もわからなくても、たしかなことがひとつだけ。
 彼に会いたいということ。
 らいは静かに眠りについた。目元が涙で光っていた。



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初出:2014年甲午03月03日