洞の奥は、さらに広い空間だった。
「ここは……」
城――直感的にそう思った。
白い繊維が綾のように絡みあい、巨大な結晶が整然と並んでいる。透明な水がうっすらと地面に満ち、光を反射している。まるで白い絨毯のようだ。
「水晶?」
「透石膏かもしれないな」
「見てください。中に何か入ってます」
二人は目をこらす。
「太刀、珊瑚、真珠……宝物ばっかり」
きらびやかな宝物が結晶の中に閉じこめられている。
『我が宝倉に何用かな?』
「!!」
かすれた声がした。
洞の一番奥は水晶を磨いたような壁が屹立している。その壁に、地面から二メートルほどの高さのところに大きな穴が開いている。
玉座――そう直感した。洞全体を一瞥できる、王の座だ。虎の毛皮を敷き、座にばらまかれた玉がほのかな光を放っている。
そこに何者かが座っている。顔はよく見えないが、気配でわかる。
朱い肌をした鬼だ。巨大な蜘蛛を脇息にし、悠然と姿勢を崩している。
「強い……!」
ざわざわと、らいの髪が波打つ。霊力が昂ぶっている。
一磨とらいはすでに構えていた。
『盗人たるなら去ぬがよい』
鬼がひょいと手を動かす。
二人は反射的に別々の方向へ飛んだ。
次の瞬間、彼らのいた場所に結晶の牙が突き立っていた。鬼はこの城の結晶を自由自在に操れるらしい。
『カッカッカッカッ』
鬼が哄笑した。二人の動きに満足したような笑いだった。
『客人たるなら、我が顔を見るがよい』
鬼がまた手を動かした。
玉座の両脇に、結晶の柱がまるで樹木のようにせり上がってくる。柱の中には光を放つ大きな玉が秘められている。
鬼の顔が光に照らされ、はっきりと輪郭をあらわす。
朱い肌、顎に二本の突起)、四本の腕――。
「お前は……!」
一磨から理性が消えた。
体が飛んでいた。腕が動いていた。目はただ鬼を見ていた。
ガキィン!
硬い音が響き渡る。
一磨の剣が、結晶に阻まれていた。
「一磨さん!」
らいの声が遠く聞こえる。
一磨はただ動いた。
この敵に会うために。
この瞬間のために生きてきた。
「……殺す」
腕に力が入る。剣が結晶を砕く。もう一撃繰り出そうとしたとき――。
「きゃあ!」
らいの悲鳴が、一磨を引き戻した。重力に従い、一磨は地面に下りたった。
縄のようなものがらいを背後から縛っている。彼女の体は宙に浮き、吊り下げられている。
「――っ、か」
らいの喉から、空気の音が漏れる。
細布だ。らいの体に巻きついて自由を奪い、首をも締めつけている。
「らい!」
『動くな、小僧。娘の首をへし折るぞ』
冷たい声がした。
一磨は急速に理性を取り戻す。冷や水をかけられたように、頭の芯がハッキリする。体の動きが止まった。止めるしかなかった。
らいの首に巻きついた細布がわずかにゆるむ。らいがゼイゼイと息をつく。
『須世理ノ比礼、というそうだ』
日本神話の破壊神須佐之男命には、須世理毘売という娘がいる。比礼とは、現代でいえば細いショールのような布のことだ。その細布は害虫を退ける霊力を秘めており、蛇やムカデさえ追い払うという。
「どうして、そんな……宝を」
らいがつぶやく。
『鬼は宝物を集めるもの。鬼ヶ城にはこの世ならぬ財宝があるもの』
鬼は説いた。財宝を集めるのも、鬼の性だと。
『のう、加えたいなぁ。我の宝に、加えたきよなぁ』
鬼が口を開き、牙を見せる。笑っている。
『玉石一磨を、加えたきよなぁ』
耳障りな声がその名を呼ぶ。
「やはり、貴様は……!」
燃え上がらんほどに青い目をぎらつかせ、一磨は確信した。
「母さんの……仇……!」
憎悪が口からこぼれた。
十一年前、一磨の家を襲い両親を奪った。一磨の目の前で、一磨の母は燃え尽きた。
母を殺した鬼の顔――忘れたことはない。
『我は朱顎王と呼ばれている』
鬼は名乗った。朱き顎の王――その名にふさわしき、朱色の肌の鬼だ。
『十を待ち、ようやっと巡りあえた』
「黙れェッ!」
一磨は思わず剣を構える。
朱顎王は口元を歪め、指をクイと動かした。
「……かっ、は」
らいの首が絞まる。
「……クソッ!」
一磨は歯噛みした。らいを見殺しにすることはできない。
『まあ、まだその時ではないのう』
朱顎王はまた指を動かす。
らいを戒めていた布が、一気にほどけた。彼女の体が地面に落ちる。
「ハア、ハア……こほっ、こほっ」
らいは突っ伏したまま荒く息をついた。
『いずれまた逢おうぞ』
朱顎王は座から立ち上がった。脇息にしていた大蜘蛛をつれて、座の奥へと下がる。
白い繊維の中から、いっせいに小虫が這い出てくる。蜘蛛だ。すさまじい数の蜘蛛が、朱顎王を追って移動する。
「待て!」
一磨は即座に追おうとした。
だが――。
突然、地面が揺れ出した。
「な、なんだ!?」
パラパラと小石が降ってくる。天井に亀裂が入る。
「く、崩れる!」
結晶の柱が次々と地中に消える。宝物を地中深くへと収容していく。従うように洞は均衡を崩した。岩盤が崩落を始める。
「し、神虫!」
らいは神虫を呼び出した。その背に飛び乗り、一磨に向かって走る。
「乗ってください!」
「ああ!」
らいの手を取って、一磨も乗った。神虫の背に二人はしがみつく。
落ちてくる瓦礫をたくみに避け、神虫はもと来た道を走る。下水道へ飛び出すのと、地下道が落盤の下に消えたのは同時だった。
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