鬼仏尊会 〜付喪神のオレと神虫のキミ〜
第二章 六 次なる地へ


 地上へ帰還した二人は、ふたたび警察の事情聴取を受けた。根掘り葉掘り、そろそろ花と茎でもむしろうか、といったほどに事情を聞かれた。解放されたのは、日付が変わり陽も昇る時刻だった。
 水曜のホームルームに出たあと、一磨もらいもフラフラと寮に戻った。二人とも完璧に寝不足と疲労で限界だった。

 一磨は寮の自動販売機でミネラルウォーターを買った。部屋に戻るやいなや、冷たい五〇〇ミリリットルを一気飲みして、ベッドに倒れこんだ。
 思う存分眠りをむさぼり、ふたたび目覚めたのは午後五時を回った頃だった。
「うーわ、ひっでぇ顔」
 洗面台の鏡に映る自分は、げっそりしていた。朝食も昼食も摂っていないどころか、下水道に潜入したのにシャワーすら浴びていない。
「あーもう、気持ち悪い!」
 一磨は速攻でシャワーを浴びた。全身の汚れをくまなく落とす。下水や地下道の土埃だけではない。鬼の返り血や穢れをも落とさなくてはならないのだ。
「服の洗濯と……あー、シーツも替えるか」
 汚れたまま寝たので、ベッドシーツも替えておいた方がいいだろう。手間を考えて、一磨はげんなりした。
「洗濯……の前にメシメシ!」
 栄養補給が先決だ。一磨はそう判断した。
「えーと、ラーメンでも作るかな……」
 袋詰めのインスタントラーメンを取り出し、フウとため息をつく。
 その時、携帯電話が鳴った。着信画面に「端山風介はやまふうすけ」と表示されている。
「はい、玉石です」
『わしじゃ、介爺じゃ』
「知ってます」
 自分でもぶっきらぼうな声になっているのがわかる。
『なんじゃ、機嫌悪いのー。生理中ブルーデーか?』
「タチの悪い冗談なら、切るぞ」
『わー待て待て! 短気は損気じゃぞ、一磨!』
「なんだよ、もう!」
『お前の母さんの話じゃよ』
「……!」
 一磨は表情を引き締めた。
「き、昨日今日の話だぞ!? もうわかったのか?」
『ま、たいした手間ではなかったぞい』
 一磨の母――弁才天像をもともと所持していたのは、関西地方にある観王寺という古刹らしい。そこに、今でも弁才天像の由来を記した書が伝わっている。
 介爺からの情報は、おおよそそのようなものだった。
 電話を切った途端、一磨は体中に気力がみなぎるのを感じた。これでわかる。母さんのことも、自分のことも。心がわきたつ思いがした。
 一磨はすぐに隣室を訪ねた。
「らい! 今、大丈夫か!?」
「ふぁい、一磨さん。どうしました?」
 らいも仮眠を取ったばかりなのだろう。服は着替えていたが、どことなく眠そうだ。
「母さんを持ってた寺がわかったんだ! さっそく調査に出かける! ちょっと遠出になるぞ。外泊許可証を取らなきゃ!」
「あ、あの」
 一磨の勢いに気圧されたらいが、おずおずと口を開く。
「一緒に行っても、いいんですか?」
「どういう意味だよ?」
「だって……わたし、一磨さんの足手まといに……」
 朱顎王に一方的にやられたことを思い出したのだろう。らいはうつむいた。
「……気にしてた、のか?」
 こくん、とらいがうなずく。
 一磨は首筋に手を当てた。
「らい」
「は……」
 ピシッ。
「きゃっ!」
 一磨は指で、らいの額を軽く弾いた。
 デコピンされたらいは、額を押さえてキョトン、と一磨を見つめた。
「らいみたいなタイプは、こーされた方が納得するだろ?」
「え?」
「気にすんなよ、バカ――ってことさ」
 一磨は笑った。
 つられて、らいもほほえむ。
 二人はやがて、くつくつくつと笑い合った。
「さて、書類を整えるぞ!」
「はい!」
「あ、その前に」
「はい?」
「ラーメン作るけど、食べる? インスタントだけど」
「……はいっ!」
 とびきりの笑顔で、らいは答えた。

 翌日から、二人は準備を始めた。
 学園の外で活動する際、学生は事前申請が義務づけられている。必要書類を整えるため、二人は事務室や職員室を走りまわった。
「あら、玉石君に竜野さん。どうしたの? 二人してバタバタしてるそうね」
 書類を抱えた二人に、岡留が話しかけてきた。
「それ、外泊許可証ね。どこか遠くへ行くの?」
「はい。関西の観王寺という寺に、弁才天像の由来を記した古文書があるそうです」
「弁才天……?」
「俺の因果を調べるためです」
「ああ、なるほどね」
 岡留も事情を察したらしい。
「古文書を見せてもらえれば……きっと、手がかりになると思うんです」
「ちょーっと待ちなさい、玉石君」
 岡留がわずかに表情を曇らせる。
「つてもないのに、どうやって見せてもらうつもり?」
「え?」
「外泊許可の申請はいいとして。観王寺へはどうアプローチするの?」
「それは、その……お願いすれば」
「甘いわね。古文書の類は、お寺にとっても大事な宝なのよ。しかるべき筋からきちんと先方に申し入れて、手土産とか持って行かないといけないのよ。マナーとしてね」
 岡留は厳しい表情で指摘する。
 ううう、と一磨はうなる。すっかり失念していた。
 岡留の言う通りだ。古文書は、歴史的価値によって国宝や重要文化財にすら指定される。火事で絵の大半が焼けてしまった絵巻物でさえ、国宝に指定された例もある。
 岡留が肩をすくめて笑った。
「これ以上いじめるのもかわいそうね。私が連絡つなぎを取ってあげる」
「えっ、いいんですか!? つては?」
「あのあたりには何度か調査に行っててね。観王寺の人とも会ったことがあるわ」
 岡留の身分と経歴なら、観王寺も資料を開示してくれるだろう。
「お、お願いします!」
 一磨は深々と頭を下げた。
「ただし、監督役として私も行くわよ。というより、タテマエは私の調査の助手ってことにした方が話が早いわね」
 岡留はヒョイと外泊許可証を取り上げる。
「どういう風に書いて申請するか、相談しましょ。二人とも、私の研究室へ」
「はい!」
 心強い味方を得た。
 二人はそう思って、岡留についていった。


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初出:2013年癸巳08月02日