街の中心部は、繁華街として発展している。
夜でも明るくきらめき、老若男女が行き交う。飲食店や専門店が並ぶ。ストリートライブの若者が歌声を張りあげる。道をひとつ横に入れば歓楽街でもあり、クラブやスナックが建ち並ぶ。
人が入り乱れる雑踏を、一磨とらいは歩いていた。
「どこへ行くんですか?」
「この先にちっこい骨董品の店があってね。そこの店主が俺の知り合いなんだ」
らいが足を止めた。
「どうした?」
「……お腹、空きました」
「えっ!? さっき食べたよな?」
学園の食堂で、定食を食べてから出てきた。満腹感は薄れてきたが、空腹でもない。
「でも……」
くきゅ〜〜……。
可愛い音がした。
「すみません……」
らいが頬を赤らめる。空腹なのは本当らしい。
「ハー……わかったよ、コンビニ行こう」
らいはパアと表情を明るくした。
近くにあったコンビニに入り、ささっと食料を調達する。
「ありがとーございましたー!」
「かっらあっげ、かっらあっげ」
コンビニから出たらいが、小さく鼻歌を口ずさむ。手には、唐揚げおにぎりと暖かい茶のペットボトルが入った小さなビニール袋を持っている。
「……からあげ、好き?」
「ええ。味の濃いものって、好きです」
「女の子って薄味が好きなイメージあるけど。ってか太るぞ?」
「大丈夫です。わたし、太らない体質で」
たしかにらいは細い。腕も脚も無駄な肉はついていない。むしろ細すぎるくらいだ。
(痩せの大食いってやつなのかな)
しかもコンビニおにぎり一個で浮かれている。意外な一面だ。
「食べるのは、向こうについてからな。我慢できるよな?」
「はーい」
らいの肩が、トンと通行人にぶつかる。
「あ、すみません」
らいは軽く会釈する。普段はその程度で済むのだが。
「おう、嬢ちゃん。ぶつかっといてそんだけかい」
相手は振り返り、らいの腕をつかんだ。がっしりとした腕の男だった。二〇代前半くらいか。周囲には彼と同じくらいの歳の男たちが群れている。
「か、一磨さん……」
「まったく……」
一磨は思わず眉をしかめた。厄介な手合いに絡まれたようだ。
「最近の高校生は礼儀を知らんよなぁ〜」
まだ夜も浅いというのに、相手の集団は酔っているようだ。年頃からすると大学生だろう。全員の体型からすると、格闘技系サークルの集団のようだ。
「こんな袋プラプラさせてちゃ、ぶつかんだろーが」
大学生の一人が、らいの手からビニール袋を取り上げる。
「あ、だめ!」
らいが取り戻すひまもなかった。
大学生は袋をぽーんと投げ上げる。袋は街路樹に引っかかって落ちてこなかった。
「あー……」
「すみません、俺の連れです。もう離してもらえませんか?」
一磨はらいと大学生のあいだに割って入り、ぺこんと頭を下げた。
しかし集団は一磨たちを離すつもりはないらしい。二人の背後にも男たちが回りこむ。リーダーらしき男が、一磨の制服に目をやる。
「ヤコージュの学生か。しかも青い目の……玉石、とかいったかな?」
相手は一磨を知っているらしい。
「誰ですか? 玉石っていうのは」
一磨はしらばっくれる。
「知らないたぁ言わせねぇよ。今年、久々に学生退魔士が出た。ニュースにもなったろうが。ネットにも山ほど画像が出てたぜ?」
「おいおいおい、こいつが玉石かよ」
「付喪神のハーフってのは、陶器でできてるわけじゃねーんだな!」
「特待生ってことは散流寮か? 三流退魔士にならないよーに気をつけなよ!」
グループはゲラゲラと笑い出す。
有資格特待生が出ることはまれなため、ニュースで報道されることも多い。一磨も当然、あちこちから取材を受けた。おまけにインターネットでは、一磨のかなりプライベートな話が、嘘も真もごちゃまぜで書きこまれた。
ある程度覚悟していたが、こういう時に持ち出されるとうんざりする。
一磨は首に手を当てた。どうやって切り抜けるべきか、悩む。
「で、この連れのおじょーちゃんは誰よ?」
いやらしい視線が、らいを睨めつける。
らいは不安そうに、一磨に身を寄せる。
「フン」
一磨は短く息を吐く。覚悟を決めた。
「落ちこぼれか」
空気が凍った。
グループは笑うのをやめ、一磨の言葉に固まっている。
「俺に詳しいのは、なれなかった退魔士への憧れだ。入れなかった場所への憧れのせいだ。あんたらは……入試に落ちた連中、ついていけなくなって退学した連中。そんなとことだろう」
当てずっぽうだった。
とはいえ事実だ。退魔士を目指して挫折した者は少なくない。
「て、てめえ……!」
リーダーの顔がドス黒くなった。図星だったらしい。おそらくこのグループも落伍者の集まりだ。そんな者が抱えるコンプレックスを、一磨はわざと刺激する。
「道を空けてくれ。俺たちはヒマじゃない。あんたと違ってな」
「この野郎!」
リーダーが拳を振り上げる。一磨は避けも防ぎもしなかった。重い音が響く。リーダーの拳が一磨の頬を打った。
「か、一磨さん!」
「これで正当防衛にできるな」
一磨はニッと笑った。
リーダーがまた拳を繰り出す。
「らい、下がって!」
一磨は左手で、リーダーの拳をはたき落とす。すかさず右の掌底で相手の顎を打つ。
「げっ!」
リーダーが顎をのけぞらせる。
一磨は手をプルプルと振った。
「痛いな。どうやら俺の手も頬も、鉄ではできてないみたいだ」
「や……やりやがったな!」
一磨の横から後方から、拳が飛んでくる。さばき、反撃する。あるいは流して転ばせる。何度も、何度でも。
「っ、クッソォ!」
「あぶないっ!」
らいが男の足を払った。男はずってんどうと転んで悶絶する。
「ありがと、らい!」
「一磨さん、大丈夫ですか!?」
らいが駆けよる。
大学生たちは一人残らず地面に転がされていた。大怪我はしていないが、疲れ切るまで何度でも転ばされたのが効いている。
「う……うう……」
大学生たちがうめく。
「まったく……手加減するのも大変なんだぜ?」
ネオンのせいか。一磨の瞳が、ゆらりと青く輝いた。
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