第一幕 玉髄と青玉 四


  愛ほしがられて 後に寝うより
  憎まれまうして 御事と寝う


  かわいがられても口先だけで
  抱いてもくれず足下に寝るような関係よりも
  憎まれてもいいから、私の好きなあの人と共寝をしたいものよ


 芸人一座の仕事は、舞台だけではない。
 今宵、異形座が参上したのは、商人の屋敷だった。海運業で莫大な財をなした有徳人だ。噂では、高い財力をして、貴き方々にも少なからぬ影響力を持つという。
「よう舞った! さあ、こちらへ。酒を進ぜよう」
「もったいのうございます」
 主人の名は、熊木屋弥三くまぎややぞうという。金払いが非常によく、舞や楽を好む粋人。
 異形座にとっては理想のお得意様だった。
 主人の妻は蓬生よもぎうという。いつも着物の袖に隠れていてわからないが、介添えや夫の様子からすると、片腕に不自由があるらしい。
「あ……」
「おお、大丈夫か? 蓬生」
「ええ、平気ですわ」
 すこし手を滑らせそうになった妻を、夫が気遣う。鴛鴦のような夫婦だ。
「玉髄よ、こちらへ」
「は」
 舞手をつとめた玉髄が、二人の前に呼ばれる。杯を渡され、酒が注がれる。
「頂戴いたします」
 独特の辛味が熱となって、玉髄ののどを滑り落ちていく。
「ところで玉髄」
 弥三が身を乗り出す。
「以前からの話、考えてくれたか?」
「お話はありがたいのですが……」
 玉髄は言葉を濁す。
「わしらには子がおらぬでの。おぬしのような頭の良さそうな子がおればよいのだが」
「私とて同じですよ。この人の支えとなってほしいのです」
 蓬生はニコニコと笑う。
 こんな笑顔を、玉髄も知っていた気がする。
「私は卑しい芸人です。お二人の養子になどと……」
「わしはおぬしに、ただの芸人ならぬものを感じるがな」
「おそれながら、わたくしは不才なる異形の身でしかございませぬ」
 玉髄は杯を置き、丁寧に平伏した。
「謙遜するな。この蓬生を見てみよ。片腕がきかずとも、わしは妻を愛しておる」
「ま、弥三さまったら……」
 蓬生が頬を赤く染め、扇で顔を隠す。絵物語のような美しさだ。
「そなたの目の色なぞ気にはせぬ。御仏の目も、青き蓮の色というではないか」
 以前からこの上客は、玉髄を養子にと望んでいた。
 しかし玉髄は拒んでいた。
「やれやれ、こうも連れなくされると理由が聞きたくなるわい」
「理由? それは……」
「謙遜ではない理由じゃ」
 弥三は、商人の勘で気付いているようであった。
 玉髄は観念した。
「……私は、『宝奪会』に出てみたいのです」
「ハッハッハ、『宝奪会』にとな!」
 弥三は大笑いした。もちろん彼も、『宝奪会』のことを知っている。
 玉髄はむっと表情を曇らせる。
「弥三さま……」
 蓬生が察して弥三をつつく。
「悪い悪い。決しておかしゅうて笑ったのではない。愉快で笑ったのよ」
「愉快?」
「もしも本当に出るというなら、その宝、買い取ってやろうではないか。いやいや、それともその前に、そなたにふさわしい女を探してやるのが先か?」
 カラカラと笑う商人は、快活そのものであった。海に洗われた男とは、皆こうなるものなのだろうか?
「さて、わしらはそなたの願いを叶えてやれるやもしれぬぞ。例の件、真面目に考えてみてくれ」
 宴はお開きとなった。


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初出:2013年癸巳08月31日
古典参考:『閑吟集』286番