愛ほしがられて 後に寝うより
憎まれまうして 御事と寝う
かわいがられても口先だけで
抱いてもくれず足下に寝るような関係よりも
憎まれてもいいから、私の好きなあの人と共寝をしたいものよ
芸人一座の仕事は、舞台だけではない。
今宵、異形座が参上したのは、商人の屋敷だった。海運業で莫大な財をなした有徳人だ。噂では、高い財力をして、貴き方々にも少なからぬ影響力を持つという。
「よう舞った! さあ、こちらへ。酒を進ぜよう」
「もったいのうございます」
主人の名は、熊木屋弥三という。金払いが非常によく、舞や楽を好む粋人。
異形座にとっては理想のお得意様だった。
主人の妻は蓬生という。いつも着物の袖に隠れていてわからないが、介添えや夫の様子からすると、片腕に不自由があるらしい。
「あ……」
「おお、大丈夫か? 蓬生」
「ええ、平気ですわ」
すこし手を滑らせそうになった妻を、夫が気遣う。鴛鴦のような夫婦だ。
「玉髄よ、こちらへ」
「は」
舞手をつとめた玉髄が、二人の前に呼ばれる。杯を渡され、酒が注がれる。
「頂戴いたします」
独特の辛味が熱となって、玉髄ののどを滑り落ちていく。
「ところで玉髄」
弥三が身を乗り出す。
「以前からの話、考えてくれたか?」
「お話はありがたいのですが……」
玉髄は言葉を濁す。
「わしらには子がおらぬでの。おぬしのような頭の良さそうな子がおればよいのだが」
「私とて同じですよ。この人の支えとなってほしいのです」
蓬生はニコニコと笑う。
こんな笑顔を、玉髄も知っていた気がする。
「私は卑しい芸人です。お二人の養子になどと……」
「わしはおぬしに、ただの芸人ならぬものを感じるがな」
「おそれながら、わたくしは不才なる異形の身でしかございませぬ」
玉髄は杯を置き、丁寧に平伏した。
「謙遜するな。この蓬生を見てみよ。片腕がきかずとも、わしは妻を愛しておる」
「ま、弥三さまったら……」
蓬生が頬を赤く染め、扇で顔を隠す。絵物語のような美しさだ。
「そなたの目の色なぞ気にはせぬ。御仏の目も、青き蓮の色というではないか」
以前からこの上客は、玉髄を養子にと望んでいた。
しかし玉髄は拒んでいた。
「やれやれ、こうも連れなくされると理由が聞きたくなるわい」
「理由? それは……」
「謙遜ではない理由じゃ」
弥三は、商人の勘で気付いているようであった。
玉髄は観念した。
「……私は、『宝奪会』に出てみたいのです」
「ハッハッハ、『宝奪会』にとな!」
弥三は大笑いした。もちろん彼も、『宝奪会』のことを知っている。
玉髄はむっと表情を曇らせる。
「弥三さま……」
蓬生が察して弥三をつつく。
「悪い悪い。決しておかしゅうて笑ったのではない。愉快で笑ったのよ」
「愉快?」
「もしも本当に出るというなら、その宝、買い取ってやろうではないか。いやいや、それともその前に、そなたにふさわしい女を探してやるのが先か?」
カラカラと笑う商人は、快活そのものであった。海に洗われた男とは、皆こうなるものなのだろうか?
「さて、わしらはそなたの願いを叶えてやれるやもしれぬぞ。例の件、真面目に考えてみてくれ」
宴はお開きとなった。
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