「……夜光は、誇り高き琥師であった」
夜光は、玉仙同様、国葬に伏された。英雄の死を悲しむ声と、新たに生まれた英雄を讃える声が、峰国に満ち溢れた。
「はい! みんな注目〜! 今日は琥師としての心構えを考えるよっ!」
夜光の喪が明けたのち。
一角は九陽門の後継者として、夜光の弟子たちとともに修行する毎日だ。その合い間に法家たちと交わり、琥師のための規律作りを行っている。
「女茄、今日の仕事が終わったら、職人たちに酒でもやってくれ」
「かしこまりました」
玉髄もまた、王都に戻っていた。紅龍隊の辟邪としての仕事と、虹家当主としてのつとめ、そして英雄としての名声にも振り回されている。
廟の修復も、並行して行っていた。腕のいい大工や細工師を手配し、祖霊にせめてもの誠意を尽くす。おまけに職人たちを大事にするので、「いいお客さんだ」と評判である。
「儀式の準備もしないとなぁ……」
廟堂が修復されたら、また御霊を祀る儀式の手配もしなくてはならない。虹家の規模から考えて、その儀式はたぶん盛大なものになる。ちょっとしたお祭り騒ぎになりそうだ。
「よう、大変そうだな」
「あ、将軍。いえ、これも当主の仕事ですから」
紅龍将軍朱剛鋭も、相変わらず妖魅相手に東奔西走する身だ。ただ最近、王都に戻ってきたときには、九陽門にも出入りしているらしい。おかげで、騎龍と琥師の関係はずいぶん良くなってきているようだ。
「そうだ、将軍。今度出そうと思ってたんですが……」
「なんだ、この書簡?」
「休職願いです」
「休職? 紅龍隊を休んで、どこ行くんだ?」
「一度、領地に戻ります。自分の治める地をきちんと知りたいんです」
「そうか。青河殿は完全に隠居すんのか」
玉髄の祖母虹青河は、統治者としての自分に非があったことを認め、すべての実権を玉髄に譲ることにした。とはいえ、虹家の所領は膨大であるため、すぐにとはいかないが。
それでも、玉髄がすべてを把握したら、士山のそばに小さな屋敷を構え、そこで余生を暮らすという。
「なら、しばらく王都は留守にすんのか」
「俺のいないあいだ、琥師と喧嘩しちゃ駄目ですからね」
「保障できねぇなあー」
剛鋭はケラケラと笑った。
「っ、ふう……」
剛鋭が帰ったあと、玉髄は軽く伸びをしてため息をついた。
「どなたか、いらっしゃってたんですか?」
「ん、ああ。朱将軍だよ」
振り返った視界に、青色の長い髪が入る。白く透ける衣に、腕と足首の金環が揺れる。
「青玉」
青玉は玉髄の龍師として、虹家の正式な客として迎えられていた。
「玉髄、大切な話があります」
青玉が、いつになく真剣なまなざしで玉髄を見上げる。玉髄は胸が高鳴るのを感じる。
「何? 大事な話って」
「あなたの玉龍のことです」
玉髄はドキ、と胸が大きく打つのを感じた。
「知っての通り、騎龍は結婚しないのが慣例です。でも、あなたは建国七公虹家の当主」
青玉が瞳を伏せる。
「わたしは虹家の龍師として、あなたを玉龍から解放する義務があります」
玉龍を取り上げ、常人と同じ体に戻す――青玉はそう言っていた。言い換えれば、玉髄は騎龍としての力を失うということだ。
「お、俺は妻なんていらない!」
玉髄は反射的にそう声を荒げた。青玉の両手をガッと取る。
「俺、俺は君に騎龍にしてもらえて……その、嬉しいんだよ!」
「あ、あの」
「後継ぎは、養子を貰ったっていいんだ。だから、玉龍を取り上げないで」
玉龍は、青玉との絆。玉髄はそう感じていた。
「ずっと、俺のそばにいて……ほしい……」
「へっ、あの……」
青玉がその青い瞳をパチクリさせる。
「そ、その解放にはですね。あと十年くらいかかりそうって言おうと思ったんですけど」
「……はい?」
「だってあなた心臓刺されたんですよ?」
「……そんなこともあったな」
「いまは玉龍のおかげで生きてますけど、いますぐ解放したら死んじゃいますよ?」
「で、治るのに十年かかると?」
「はい。だからそのあいだ、あなたの体調をきちんと看るのが、わたしの義務だと……」
玉髄は、頬がカ〜〜ッと熱くなるのを感じた。勢いに任せて、とんでもないことを口走った気がする。
「つまり、全部、とりあえずは、いまのまま?」
「はい。大丈夫、どこにも行きませんよ」
青玉の手を握ったまま、玉髄は顔を真っ赤にしてうつむいた。
彼の恋の行方は、まだまだ青いといったところだろうか。
それからも時間は過ぎていく。見た目は平穏そうに、何も変わらずに。
「ズゥちゃーん! あっそびっにっ来たよー」
「一角! ズゥちゃん言うなっていつも言ってるだろ!」
「元気ですね、一角は」
「へへー。青玉ちゃんもズゥちゃんって呼んでみたらいいよ〜」
「変なこと教えないでくれ!」
「怒んない怒んない。朱将軍から聞いたよー。東に行くんだってね」
「耳はやっ!」
「んでさ、あたしも行っていい? 屯日に行きたいの」
「え、だけど……」
「平気。お師匠様のこと、気にしてくれてるんでしょ?」
けれども失ったものも多い。変わってしまったものも多い。悲しみから逃げるように、生きているのではないかと思うこともある。
「あたしのこと、守ってほしいの」
どれだけ責められても、またみずから責めようとも。生きる。それが、彼らにできる償い。
「あ、ずっとってわけじゃないよ! 東にいるあいだ、一緒の方が安全かなって」
「そうですね、それがいいかもしれません」
「まあ、そうかもな〜。護衛もきちんとつくだろうし」
玉髄は一角の頭をワシャワシャと撫でた。金茶色の髪が乱れる。
「いやーん、玉髄、何すんのー」
「俺が」
玉髄がふと真面目な顔になる。
そのとき、青玉の手が玉髄の腕に重なった。玉髄が「何だ」と視線をやれば、青玉はにっこりと微笑む。玉髄は何かを悟り、うなずく。
「俺たちが、守ってやる。一緒に行こう」
――生きていこう。
数奇な運命の果てに出会った三人は、さまざまな思いを抱えつつ。
その根底を、確かな友情で繋いでいた。
机の片隅に置かれた面が、コトリ、と倒れた。
その役目はもうない、と言っているようだった。
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