青玉の龍に跨り、彼女の行くままに、玉髄は空中散歩を楽しんだ。
騎龍たちは、ひとり、またひとりと地上に戻っていく。
青玉は中々下りようとはしなかった。一千の龍を従えて、夕陽の中をゆっくりと飛ぶ。
「綺麗だ……」
玉髄は、しみじみと空をながめた。
陽が西に傾き始めている。黄赤色の光が、あたりを染め上げる。夏の熱さをもたらすその光は、今日の役目を終えようとしている。
そして、東からは夜が立ち昇ってくる。薄紫色の夜の子供は、ひときわきらめく明星とともに、涼しさをもたらす。
「琥符の脅威は去った……。これで、終わりだね、青玉」
玉髄は心底安堵した表情で、青玉に微笑みかけた。
「それで、君に如意珠を返すには、どうしたらいい?」
やっと終わった。普通の人間に戻れる。玉髄の心には、ただその喜びがあった。明日はいったいなにが起こるかと、陽が昇るのをおびえなくてもいい、安らかな夜が来る。
「ん? まだ終わってないわよ?」
だが、玉髄の前に跨る青玉は、不思議そうに彼を振り返った。
「……え?」
「これで、やっと三つ目、壊せた」
「え、え、え……」
玉髄は、目が点になった。
「三つ目……って、なに?」
「琥符のこと」
「つまり、それは……琥符は、一つではないということ?」
「そうよ?」
青玉は、さも当然といった口ぶりだ。玉髄は絶句した。
「今回は苦労したわ。こんなに力の残っている琥符が、まだあったなんて」
玉髄は、頭の血がスーッと引いていくのを感じた。だがなんとか踏みとどまり、息を整えて、そしていまいちばんしたくない質問をする。
「あ、あのさ……琥符っていったい……いくつあるの?」
「さぁ」
「さぁ!?」
玉髄は、完全な眩暈に襲われた。自分の頭から血がなくなったかと思うほどの感覚だった。よくも気絶しなかったものだ。
「どしたの? 落ちちゃうわよ」
だが、青玉は彼のそんな様子は歯牙にもかけない。彼女のうしろで頭をぐわんぐわんさせている玉髄を、不思議そうに振り返っただけだった。
「だからあなたを騎龍にしたの。応龍は、わたしの一番の牙。それを、琥符に対抗できる体質をもったあなたに与えた。琥符を探して壊すには、一番の準備が整ったわ」
青玉は、にっこりと笑った。黄昏の濃い光が、彼女の顔に強く影を落とす。頬を黒い影に染められて――それでも、いままででいちばん、喜びに満ちたまぶしい笑顔だった。
「これからも、きっと騒乱はあるわ。だからわたしにはあなたが必要なの、玉髄」
青玉はいたずらっ子のような表情で、玉髄に微笑みかけてくる。玉髄はその笑顔のまぶしさと、その口から出たとんでもない事実に、いよいよ気絶しそうになった。
「さ、帰りましょう。次の時に備えて、休まないと」
「い、い、い……い――や――だ――っっ!!」
少年の悲鳴が、空の空の果て、銀色の星の海まで、届きそうだった。
雲漢の果てに祈りを捧げ、大地の上に犠牲を捧ぐ。
雷の音を先駆けにして、黒い雲が空に満ちる。
さぁそれが合図。一千の龍を随えて、天の神が天下る。
青き仙女が舞い踊り、白き龍が神を導く。
地上の王の徳を讃えて、限りない幸を運ぶだろう。
祈れ祭れよ、今日は佳い日。
神を下ろすに、最上の日。
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