数日ののち。王宮の一室。
後衛将軍・至英凱は、左衛将軍・天泰壱の部屋を訪ねていた。
「おや、風加羅も来てたのか」
「王都の茶は、しばらく飲めぬからな」
泰壱の部屋には先客がいた。右衛将軍・風加羅である。峰国西方の異民族出身であるこの将軍は、寡黙な雰囲気をまとっている。だが実際は派手好きで、先鋒をつとめる剛鋭とよく張り合っていたものだ。
「ああ、英凱、いらっしゃい。」
「剛鋭は? ここのところ、姿が見えないけど」
「本日より、蟠湖にて調練に入ったはずだ」
「ああ、そうか。もうすぐなんだね、玉髄君の命運が決まるのは」
英凱はその予定を思い出し、心得顔になる。
泰壱が茶を持ってきた。この将軍は、四衛将軍の中でいちばん年上だ。だが、背の低さと童顔があいまって、とてもそうには見えない。
「はーい、どうぞ。風加羅、西方の復興、頑張ってきてねー」
呑気な口調で言いながら、泰壱は器を差し出した。風加羅が受け取ると、泰壱はひらひらと手を振った。
「あーそうだ。剛鋭のことだけど、ついでだからウチのところの子もお任せしましたよぉ」
「同じく」
風加羅も同調した。
「なんだいなんだい。二人とも、ちゃっかり剛鋭に押しつけたのかよ? アタシもやりゃよかった」
英凱は腰に手を当てて、口を尖らせた。
彼らが言っているのは、新米騎龍の調練のことだ。左右の将軍は、この機に乗じて、新人の訓練を剛鋭に託したらしい。
「仕方がない。我はこれから、軍師とともに西方に戻らねばならぬ」
風加羅が、抑揚のすくない口調でそう言った。
王国軍は帰還したが、跋軍の爪痕は予想以上に深かった。復興のためには、西方の諸侯らだけでは、手が足りていない。その支援のため、軍師・知登紀と風加羅は、再び王都を発つことが決まっていた。
「あー……そうだけど、泰壱は居残りだろう? 預ける必要はないんじゃない?」
「だって、剛鋭は玉髄君の調練をするんだろう? すごい見物だよ。ウチの子には、いろんなことを見ておいてほしくってねぇ。あ、これ英凱の分」
童顔の将軍は、へらへら笑いながら、英凱に茶を出した。英凱は釈然としない表情で、それを受け取る。
「あの黒い龍を、見習いに見せて、見分でも広めさせようっての?」
「それもあるけど。剛鋭はなんだかんだ言って、面倒を見るのがうまいからねー」
「彈の扱いも、うまい」
それは、剛鋭が優秀な騎龍であることのあらわれでもあった。優秀な騎龍がいれば、素直に尊敬する。それが騎龍たちの性格だ。
「まぁそうか。一度にいろんなことを学ぼうと思ったら、剛鋭が適任かねぇ」
英凱は、ふうとため息をついた。
「それにしても、玉髄君のあの龍……鱗の境すら見えぬ、美しい黒だった」
わずかに高揚した口調で、英凱は記憶をたどった。思い出すのは、侍従の少年が得た、黒い龍。龍は、その鱗の色が濃いほど、高い武力を秘めていると言われる。漆黒の龍はまさにその極みだった。
「いったい、どれだけの力を秘めているのだろう……」
「だが、危険な力だ」
風加羅が低い声で言う。誰も反論しなかった。
「もし、あの子が龍を使いこなせないなら」
「死んでもらうことになりますねぇ」
泰壱は丸っこい眼を動かさず、そして口調も変えずに続けた。それが当然だと言うように。英凱は、ふうっと大きくため息をついた。
「あーあー、とことん貧乏くじだね、剛鋭は。我が君のご不興を買うことになるかも」
「だが、我が君の私情では、なんともならぬ」
「そうそう。我らの軍師様だって、僕たちと同じ考えですもの」
背の低い左衛将軍は、ふっと目を細めた。
「不相応な力を持つ騎龍には――死を」
騎龍には、騎龍の矜持がある。誰も彼も、龍を乗りこなし彈を操ること、それをやってのける自分に誇りを持っている。そして、自分たち以上にそれができる者へ、魂の底から憧れを抱く。
それは裏を返せば、龍を操るに力足りぬ者への嫌悪となる。不相応な力を持たせるくらいなら、その騎龍を殺し、如意珠にふさわしい者へと継がせるべきだ。峰国の騎龍たちには、多かれすくなかれ、その想いが共通認識としてあるのだ。
そして玉髄は、試されている。あまりに強い龍を得た、にわか騎龍。その彼がこの調練で結果を出せなければ――剛鋭が、彼を処分する。
「よい結果が出るといいねぇ。この国のために」
誰の幸運を祈るのか。それがわからない言葉で、英凱はつぶやいた。
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