龍は吟じて虎は咆え
壱ノ五.唐突な幕引き


「――以上の作戦を、展開します」
「うむ」
 登紀(トウキ)が明日からの戦略を説き、晃曜(コウヨウ)がうなずいたとき、突如として叫び声が上がった。幕舎の中に、玉髄(ギョクズイ)が走り込んでくる。
「玉髄、どうした?」
「り、龍です! 敵の騎龍が!」
「なんだと!」
 一同が外へと注意を向けた瞬間、強い衝撃が大地を叩いた。敵の攻撃を受けていることは、容易に感じとれた。
「我が君をお護りせよ!」
 軍師が、叫んだ。前衛・右衛・左衛将軍が幕舎を飛び出し、即座に龍を呼び出す。
「玉髄、我が君を」
「はい」
 呆然となりかける晃曜の肩を抱き、玉髄は幕舎を出る。物陰に隠れるように移動し、国王に馬に乗るよう促した。
 騎馬の近衛兵たちが晃曜のまわりを取り囲んで、混乱する陣から脱出する。後衛将軍・至英凱(シ・エイガイ)も護衛についた。
「まさか直接、殴りこんでくるとはね!」
 うしろで、ひときわ大きな叫びが上がった。騎龍たちを振り払った断京(ダンケイ)の龍が、こちらに向かってくる。
「追いついてきやがった!」
「英凱!」
「我が君、振り返らずにお逃げを!」
 次の瞬間、英凱(エイガイ)は馬の上から飛んだ。
 強い光が闇を貫き、紫の鱗を持った龍が現出する。藍色の輝きを帯びた彈を放ち、迫り来る断京の赤龍を牽制する。
 しかし、それも一瞬の防御だった。昼間と同じ、黄金の光があたりを貫く。
「わああああっ!」
 襲いくる衝撃波に、誰も彼も馬ごと吹き飛ばされる。玉髄もまた、地面に叩きつけられた。
「つっ……!」
 玉髄は一瞬顔をしかめたが、即座に体勢を立てなおす。見れば、同じく地面に投げだされた晃曜の目前に、あの赤い龍が迫っていた。
「貴様の首を取り、今宵から我がこの国の王よ!」
 断京が、残酷な笑みを浮かべる。彼の龍が涎を垂らしながら、若い国王を睨んでいた。
「あ……ああ……」
「晃曜!」
 玉髄は剣を抜き放ち、晃曜をかばって立ちはだかった。しかし、そんなことで断京はひるまない。
「死ねえィィッ!」
 牙を向いて、圧倒的な力が迫り来る。玉髄は、ギリッと奥歯を噛み締めた。
 ――静寂。
 しかし、殺戮の瞬間は、訪れなかった。
「う、お、オ……?」
 呆然とした声に、玉髄は恐怖を忘れた。いや、正確には目の前の光景に釘付けになったのだ。
 龍の上に立つ断京の体を、黄金の光が刺し貫いていた。

「おオ、おおオオオオ!」

「……なんだ?」
 思わず剣を下ろして、玉髄は目の前の光景に、唖然とした。
 幾本もの槍に貫かれたように、光の柱が何本も、断京の体を突き抜けている。槍のようだった光は、時間を追うごとに太くなり、ひとつになり――光の塊となった。断京は叫び続けている。
 やがて、光の塊は、断京よりも大きくなった。目を刺すような光が、闇夜を切り裂く。断京の上げる叫びは、獣の咆える声に似ていた。やがてそれは、無機質な響きに変わっていく。
 光は、断京のすべて覆ったのち、ゆっくりと収束する。そして、人の拳のほどの大きさに変わると、光は消え去ってしまった。
 キン、と高い音がして、地面になにかが転がった。それっきり――断京の姿は跡形もなく消滅した。同時に、龍の姿も雲散霧消し、暗い赤色の玉が地面に落ちる。
「これは……?」
 玉髄は、先ほど地に落ちたものに、視線を落とした。それは、深い緑色の、虎の形を模した割符だった。
 おそるおそる剣を伸ばした。切っ先でつつく。なんの反応もない。晃曜や近衛兵たちの見守る中、玉髄は思い切ってその虎符を手に取った。
「玉髄、なんともない?」
「ええ」
 その符は、玉(ぎょく)でできているのだろうか。ずっしりとした重さが、玉髄の手にかかる。
「我が君ー!」
「我が君はいずこー!」
 兵士たちの声が聞こえる。
「我が君はご無事です!」
 玉髄は声を張り上げた。剣を鞘に戻し、晃曜を助け起こす。
「断京は! 断京の野郎はどうなった!?」
 剛鋭が龍を飛ばし、そして玉髄の前に降り立った。
「わかりません。突然、消えてしまって――あとに、これが」
「なんだこりゃ……割符?」
「さわらないで!」
 玉髄の差し出した符に剛鋭が触れようとしたとき、登紀がそれを制止した。
「とても、大きな波動を感じます。正体が判明するまで、触れてはなりません」
「こいつはいいのか?」
 剛鋭が、玉髄を指す。
「ええ――影響は、されてないようですしね」
 得体の知れないもの。玉髄はたまたま、触れても平気だった。それを見て、登紀は玉髄に言った。
「玉髄、それはあなたがしっかりと持っていてください。あとでしかるべき処置をしますが、それまでは」
「知軍師……。わかりました」
 玉髄はうなずき、虎符(こふ)を懐へと仕舞った。

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初出:2009年己丑9月2日