龍は吟じて虎は咆え
陸ノ五.捕食者


 騎龍たちは、攻撃を開始した。
 彈が鵬に襲いかかる。なにせ的は大きい。手当たりしだい、彈が叩き込まれる。
 その攻撃に応じて、鵬の腹が動いた。蜚牛の袋が、幾つも落下する。そのうち半分は空中で焼き尽くされる。残ったものは、地上で待機している軍が殲滅する手筈だ。
「おおっ!」
 鵬の腹から、蟲に変化した蜚牛が、群をなして騎龍たちに襲いかかってきた。騎龍たちは連携して、ある者は焼き払い、ある者は武器を取って薙ぎ払う。
「青玉、大丈夫!?」
「ええ!」
 玉髄は彈を使って蟲たちを倒す。青玉は、針のような細い剣を振るっていた。彼女の白い剣は、不思議な動きをする。剣のように硬度を保ち、大きな蟲を一刀のうちに斬り捨てる。かと思えば、むちのようなしなやかさを出して、数十匹を一度に薙ぎ払う。
 よくよく見ると、白い剣が青い光にうっすらと包まれている。青玉がまたひと薙ぎすると、光は彈に変じ、蟲を殺す。本来は彈とするべき霊気を、たくみに操っているのだ。
 蟲の攻勢がゆるむと、騎龍たちは列を整え、いっせいに彈を放った。色鮮やかな爆風が、鵬の体を襲う。ぬめった表面が、乾いていく。鱗のような羽根がはがれ、空中に散る。
 鵬が嘴をわずかに開いて、鳴き叫んだ。金属をこすり合わせるような、無機質な咆哮だった。
 その鳴き声に、青玉がハッと目を見張る。おのれの龍をひるがえしながら、叫ぶ。
「離れてッ!」
 即座に、剛鋭が散開の指示を出す。
 次の瞬間、空を金色の光が貫いた。その光はすぐには消えず、太い縄状になってしなる。
「うわあああ――ッ!」
 騎龍が二人、彼らの龍ごとその縄に捕らわれていた。彼らと龍の体から、しゅうしゅうと細い煙が上がっている。騎龍たちは苦悶の表情を浮かべ、もがく。
 ほかの騎龍たちが、彼らを助けようと彈を放った。縄に彈がぶつかる。だが、金の縄はびくともしない。
「鵬が……!」
 鵬の嘴が、八つに割れた。まるで花が開くようだ。その奥に、本当の口が隠されている。無数の牙が口腔こうくう内にびっしりと並んだ、おぞましい捕食器だ。金色の縄は、獲物を捕える舌だったのだ。
とらわれた騎龍らが、鵬の口に引き寄せられる。騎龍たちが見る中で、人体も蛇体も、呑みこまれていった。断末魔の叫びが風の中に消える。
 鵬の嘴が、閉じた。眼が細まる。食を悦ぶ、生き物の眼だった。
「おおおおおッ!」
 雄叫びが上がった。騎龍たちの、悲恨と憤怒と混乱の叫びだった。龍たちも、一斉に咆えた。胸をえぐるような泣き声が、雲のない空に響き渡る。
「よくも、よくもよくも、よくも――ッ!」
 彈が、空を彩った。

(……駄目だ)
 玉髄は、動けなかった。乱れ飛ぶ龍と彈と蟲たちから離れて、ただそれを見ている。
(怖い……!)
 憎しみが大気に充満している。息をするだけで、肺から震えがわきあがってくる。
 無造作に龍を捕食する鵬。
 仲間が喰われ、激昂した騎龍たち。
 そのどちらも、怖ろしくてたまらない。
「玉髄」
 名前を呼ばれた。それだけで、玉髄は身をすくませる。
「玉髄、落ちついて」
「青玉……」
 彼の隣に、青玉が来ていた。淡青色の髪を風に流し、白と青の龍に乗っている。青玉は、とん、と玉髄の龍に乗り移った。
「よく聞いて。これから、すること」
 震える玉髄を落ち着かせるように、彼の肩に白い手を添える。
「これからわたしが、奴の臓物を喰い破り、琥符を外に押し出す」
「く……喰い破るって、どうするのさ!?」
「玉髄は、奴を斬って」
「斬るって、どうやって!」
「彈をうまく制御して。大丈夫、できるわ」
 ぎゅっと、肩に添えられた手に力がこもった。しかしそれは一瞬。青玉はすっと玉髄から離れ、自分の龍に戻る。
「青玉!」
「あなたはわたしの中で、いちばん勇敢な騎龍なの!」
 青玉の龍は速度を上げ、みるみるうちに高度を上げる。彼女の一千の龍が、蟲を殺して王の道を開く。
 青玉は、鵬の目前にすべりこんだ。爛々(らんらん)と光る鵬の眼を睨み返し、なにごとか叫んでいる。
 次の瞬間、鵬の嘴が開いた。おぞましい口が開く。巨大な首が前に傾き、青玉を彼女の龍ごと呑みこんだ。まるで小虫を呑むがごとく、易々と。
「え……」
 玉髄は自分の眼を疑った。だが、それはまぎれもなく真実の光景――青玉が、喰われてしまった。
「青玉――!」
 思わず、叫んでいた。
「嘘だろ……?」
 玉髄はつぶやいたが――鵬が最大の翼を動かし始め、いつまでも呆然としているわけにもいかなくなった。

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初出:2010年庚寅7月26日