おたがい地上に下り立ち、龍を玉に戻す。
見知った顔だった。青い髪の少女――青玉は屈託のない笑顔で、玉髄のそばにやってきた。
「久しぶり、玉髄。無事でなによりだわ」
「あ……え、と……青玉、どうしてここに?」
玉髄には、まだ状況が呑みこめていない。
いまの牛はなんだったのか。さっきの光は彼女のものなのか。そもそも、なぜここにいま彼女はやってきたのか。混乱が混乱を呼び、少年の頭をぐらんぐらんと揺らす。
そこに、剛鋭が走ってきた。剣を抜いた兵士を、何人も連れている。玉髄は蒼くなった。以前、剛鋭は青玉に動きを封じられ、完敗している。雪辱とばかり、いきなり斬り合いが始まってもおかしくない。
「……手前、なにしに来やがった? 自分の身分が、わかっているのか?」
剛鋭が青玉に尋ねる。彼の声はいつもより低かった。いまにも怒鳴り声が飛び出しそうだ。だが、どこか呆気にとられている感もあった。
「剛鋭サン、ちょっと待って! この人は?」
そこに、賢歩が割って入った。
「俺に聞くな」
剛鋭が、むすっとした声で答えた。賢歩(ケンホ)は自身の視線を、青玉に滑らせた。青玉(セイギョク)の青い髪、青い目、白い異国風の衣を見て――そして、目を見張る。
「あなたは……仙人なのですね」
「わかるのね。賢い人」
青玉が、にっこりと微笑んだ。その笑みに、賢歩は姿勢を正した。まるで王者に対するかのように、両足をそろえ、真剣な眼差(まなざ)しを捧げる。
「ボクは峰国司龍解賢歩と申します。霊力ある龍師とお見受けしました。よろしければ、御名をお教えください」
「丁寧にありがとう。わたしの名は、青玉。かつて、この地上に龍をもたらせし者」
その言葉に、賢歩はハッと目を見張る。その唇から、詩の一節が零れる。
「青き仙女が舞い踊り、白き龍が神を導く……」
「そう。信じる、信じないは、あなた次第」
目だけを細めて、青玉は笑った。そして彼女は、剛鋭に向き直る。
「紅き龍の主人、わたしを不審がるあなたの気持ちも、至極もっともなことよ?」
青玉の背は、それほど高くない。獅子のような剛鋭とでは、かなり差がある。いきおい、彼女は剛鋭を見上げるようにして、首をかしげた。
「でも、あまり邪険にされると哀しいな……」
青玉の青い瞳が、すこし哀しそうに、じっと剛鋭を見つめた。剛鋭は魅入られたように言葉を失っている。硬派で鳴らした将軍の頬が、なんと紅くなっている。
「わたしは、この国を護る戦士たちのために、ここに来たの。いいかしら?」
「あ、ああ……」
なんと、剛鋭は反論しなかった。彼らしからぬ生返事を返し、ぼうっと彼女を見つめている。珍しいというよりも不可解な光景だった。
「あなたたちは見習いね。よい眼をしているわ」
また、青い視線が騎龍たちの上をすべる。今度は、喜玲(キレイ)と亮季(リョウキ)に、だ。
「あ……」
喜玲が、思わずため息のような声を漏らす。にっこりと笑う青玉に、見惚れたようだった。
「せ、青玉?」
「なに? 玉髄」
「皆に、何かした?」
「ううん。どうして?」
「いや、その……」
玉髄は釈然としない表情を隠すことができなかった。音に聞く騎龍たちが、腑抜けたように呆けている。青玉が何もしていないはずはない。だが、青玉はケロリとしたものである。
「そうだ。さっきの蜚牛、土の上で殺した分がまだ残ってたわね。ちょっと調べさせてもらうわ」
青玉は、くるんと踵を返した。両足の金環が軽い音を鳴らす。そのまま彼女は、土の上で死んでいる牛のもとへと歩いていった。
「お、おいっ、待て! 勝手なことはするな!」
我に返った剛鋭が、あわてて青玉のあとを追う。だが怒鳴り声もいまひとつ弱い。そのまま彼らは、騒ぎをむこうへと持っていった。
「いやぁ……すごい人が来ちゃったね」
残った賢歩がため息をついた。
「あの、彼女がなにかしたのですか?」
「玉髄クンは、感じなかったの?」
「な、なにがですか?」
玉髄は当惑するばかりである。
「なんか……すごく、不思議な人だったなぁ」
喜玲が、うっとりとつぶやいた。
「こう、ほわ〜っていうの? 見つめられたら、すごく幸せな気分になっちゃって……」
「そうだよなぁ……」
亮季までも、ふわふわとした表情だ。
玉髄だけが怪訝な顔をしたまま、青い髪の少女を見つめていた。
|