翌日。
司龍が到着したと聞いて、若い騎龍たちは兵舎の一室に集められていた。そこに、文官の出で立ちをした女たちが入ってくる。その中に司龍がいるのだろうか。
ふと見ると、背の低い少女が混じっていた。年の頃は十二、三といったところか。司龍の縁者か、従者だろうか。
すると、その少女が女たちのあいだを抜け、玉髄の前までやってきた。
「ふぅん……キミが新しく騎龍になったっていう子?」
くりくりっとした目に、いたずらっ子のような表情で、少女は尋ねてきた。玉髄は思わず首を傾げる。
「ああ、ゴメン。名を訊く前に、ボクから名乗らなきゃね」
少女はニカッと笑うと、威張るように胸を張り、とんっとそこを叩いた。
「ボクこそが、前峰国司龍知登佳が娘にして、現峰国司龍、解賢歩!」
「し……司龍!? あなたが?」
「むぅ、やっぱりこーゆー反応か」
少女――賢歩は、ぷくっと頬をふくらませた。その表情は幼い子供そのものだ。
「いえっ、そのっ」
「研究ばっかの生活ってのも考え物だね。これからはもうちょっと、公の場所にも出たほうがいいかなぁ」
あわてふためく玉髄を尻目に、少女は軽く笑って肩をすくめた。怒ってはいないようだ。
「じゃ、改めて自己紹介してくれるかな?」
「は、はい。国王侍従、虹玉髄です」
「そうか、キミが……」
賢歩はうんうんと何度もうなずく。
「で、キミたちは?」
「王国軍左衛、天泰壱将軍配下、炎亮季です」
「王国軍右衛、風加羅(フウカラ)将軍配下、甘喜玲(カン・キレイ)と申します。お会いできて光栄です」
「うんうん、今年の騎龍たちは、優秀なひとぞろいだねー」
賢歩はニコニコと笑う。どう見ても年下なのに、その動作は年上のように感じられた。
「じゃあ、さっそくキミたちの龍を見せてもらおうか」
「は、はい!」
若者たちは敬礼した。
空は白い雲に隠されている。
けれども、湖は青さを保ったまま、龍たちの飛ぶさ まを見ていた。
「ほらほら〜! もっと集中してー!」
剛鋭の龍が彈を放つ。それを、玉髄たちは時に速度をもって逃げ、時に彈と彈のすきまを縫うように避ける。
そしてすべての指示を出すのは、賢歩である。剛鋭のうしろに乗って、彼に弾の数と軌道を指示する。剛鋭の肩に手をかけて体勢の均衡をとるその姿は、慣れている感があった。
「できる! って思うことが一番の近道なの! ただ龍を動かして無様に避けるだけじゃ駄目だかね!」
「はい!」
風を切りながら、若い騎龍たちの返事が返ってくる。騎龍たちは耳がいい。それも確認して、賢歩が微笑む。
そうしてしばらく彼らの様子を見てから、賢歩は剛鋭に小さい声で尋ねた。
「なんかさぁ、ちょーっと遠慮がちな感じがするなぁ。どうせ剛鋭サンのことだから、誰か泣かせちゃったんでしょ?」
「まぁな」
「もう! それで萎縮させちゃってどうすんの!?」
賢歩はぷくっと頬を膨らませた。
「成りたての騎龍は、ただでさえ戸惑うものなんだから……っていつも言ってるでしょう?」
「優しくしろってか? 騎龍はもっと厳しくていいんだ。ついてこれない奴はいらない」
「それ! 騎龍の悪いクセだよ。自分たちの誇りに合わない者を排除しようとする」
若すぎる司龍が、獅子のような将軍に説教を垂れる。
「もっともっと、色んな騎龍がいていい。ボクはそう思う。そういう時代が来るんだよ」
そう言って、賢歩は玉髄のほうを眺める。黒く翼のある龍が、羽を広げて飛ぶ速度を下げたところだった。
「玉髄サンは、いままでの騎龍たちにはない心を持ってる。いままでの騎龍とは、違う使い方ができるはずだよ」
「そうかね」
「そして、玉髄サンに感化されてる子たちも、ね」
優しい視線で、賢歩は自分より年上の見習いたちを見つめた。
「彼らはまだ、まっさらなんだよ。次、右へ七発、乱れ撃ちね」
「あいよ」
賢歩に応じて、剛鋭は右手を上げた。騎龍の技の真髄――彈が、浮かびあがった。
騎龍の技には、大きく分けて二つある。
ひとつは、基本。龍が出す霊気の塊、彈である。騎龍の意思や命令に従い、龍の口や周囲から、彈は発生する。その色は、龍の瞳と同じである。
そして彈の型には、騎龍の個性があらわれる。例えば、剛鋭は目標の殲滅を絶対と考える。そんな彼の龍は、力強く大きな彈を雨霰と放つのが得意だ。反対に、英凱は肝心なところだけ破壊すればよいと考える。彼の龍は、小さくとも的確に制御した彈を一発ずつ、確実に目標の急所に当てるのを得意としている。
ただし型の違いは、得手不得手の問題である。英凱でも、その気になれば彈を雨霰と出せる。龍には、騎龍の性格が大きく影響するのだ。
もうひとつの技は、騎龍自身の技量が問われる。剣技だ。
騎龍の中には、剣や金属の環を所持し、それを龍の上から操って攻撃する技を持った者がいる。その剣や環には、多く鎖がしっかりと結えつけられている。騎龍は、目標に向かって武器を投げ、鎖を繰ってその軌道を変えたり、手元に戻したりする。
武器を繰る騎龍の中には、鎖を組紐に変えている、洒落た戦士もいる。紐は、敵の剣で斬られる可能性が高い。けれどもあえてそれを使うのは、ひとえにおのれの技に自信があるからだ。剛鋭などはそうだった。
調練終了の合図を受けて、すべての龍は地上に降り立った。それぞれの主人の意志に従い、如意珠に戻っていく。
剛鋭の龍から下りた賢歩が、玉髄に駆け寄った。
「どう? 感じ、つかめそう?」
「はい。ご指導、感謝します」
玉髄は拱手した。龍がどうすれば動くか。どう思えば彈が出るか。玉髄はその感覚をつかみかけていた。
「玉髄クンの龍は、翼のある分、制御が大変だからね。もっともっと、精進してね」
玉髄の龍は、蛇体にそれと同じくらいの長さの細長い翼を持っている。翼をそなえている分、敵からの彈を避けづらくなる。目立つために、狙われやすくなる。
「んー……そんな不利な条件もあるけど、それを補ってあまりある力を持ってるからね。大丈夫、あとはキミ次第だよ」
「はい」
玉髄は表情を引き締めた。
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