地上では、ようやく地下の異常な気配を察知した。知らせを受け、退魔士たちが現場へ急行する。学園長を陣頭に、ベテランの退魔士らが道を急ぐ。
「何だ!?」
突如、地面が鳴動した。
道路がヒビ割れ、水が染み出してくる。
「総員、下がれ!」
アスファルトが割れ、異形の者が姿を現す。
『ゴアアアアアアアッ!』
朱顎王だった。怒りに目を光らせ、咆哮する。続いて絡新婦が、らいを抱えて這い出す。
『シャアアアアアアアアッ!』
朱顎王が叫ぶ。空を黒雲が覆う。嵐を呼ぼうとしている。
「朱顎王を狙え!」
学園長が叫ぶ。退魔士たちの術が、土蜘蛛の王に襲いかかる。
『ジャッ!』
朱顎王が飛んだ。絡新婦とともにビルを登り始める。二頭は糸をまき散らし、ビルとビルのあいだが蜘蛛の巣をかけたようになる。
粘着質の糸は、地上にいる退魔士らの動きをも封じる。
『ハハハハハ、最早地底でコソコソせぬ。地上を、地上を、我が手で地獄に!』
『我が君、この小娘は?』
『うち捨てよ!』
絡新婦はあっさりらいを投げ捨てた。
らいは蜘蛛の糸に引っかかって止まった。地上数十メートル。落ちれば命はない。
『ム?』
地面が再び鳴動した。染み出していた水が地中に戻っていく。
『――!』
朱顎王が開けた大穴から、巨大な蛇体が飛び出した。
龍――誰しもがそう思った。
「いや、違う!」
龍ではない。水がまるで蛇のような形をなし、意志を持っているかのように動いている。青く光る透明な水流が、天高く伸び上がる。先端に、なかば異形と化した少年が立っている。
「あれはまさか……玉石君か!?」
水流を操って、一磨はまっすぐ目指す。今にも落ちそうなパートナー――らいのもとへ。
一磨がらいをとらえた瞬間、蜘蛛の糸が切れる。中途半端に絡んでいた糸が二人を振り子のように引っぱる。二人は高層ビルのガラス窓に突っこんだ。
主を失った水流が四散する。雨のように降り注ぐ水は、蜘蛛の糸を解かしていく。
何が起こっているのか。起ころうとしているのか。
誰にも理解できなかった。
「らい!」
一磨は何度も呼びかけた。らいがわずかに目を開く。
「かず……ま、さん」
らいが一磨の顔に手を伸ばす。一磨はその手に自分の手を重ねた。
「守りたい……守りたいんだ」
復讐よりも、遂げたいことがある。
「君を守りたいんだ、らい!」
一磨はらいを抱きしめた。光が二人を満たした。
「――なんだ!?」
空に雷光が奔った。
雷光は黒雲を散らす。大気に満ちた邪気が散らされる。
一磨たちが突っこんだビルの四方から、光が噴き出す。黄金の光だった。
『何!?』
ビルから飛び出した者がいる。
金の光を背にして、空に浮かぶ。
一磨だ。
四本の腕をそなえ、瞳は青く輝き、黄金の光背を背負う。
『その姿……』
異形であるというのに、荘厳なるその姿は。
鬼ではない。決して鬼ではない。
「俺は鬼ではない」
一磨は二本の腕に、らいを抱えている。
らいはしっかりと一磨につかまり、その瞳は金緑色に輝いている。
『一切衆生悉有仏性……』
「そうだ、朱顎王」
一磨はらいを抱かぬ腕を、前へと伸ばす。独鈷杵を握りしめる。独鈷杵から青い炎が伸びる。形をなし、青き大剣の姿を現す。
『貴様は……貴様は……!』
「金剛ノ宝剣」
如意宝珠の力すべてを解放した、真の金剛剣。あらゆる邪念を打ち砕く、最強の武具。
光背の光が増す。光の輪がいくつも重なる。
二人の影が、朱顎王に落ちかかる。影から異形の腕が伸び、朱顎王を捕らえる。神虫の腕だった。
「すべてを切断せし金剛石、聖なる尊き宝珠よ、吉祥成就(スヴァーハ)」
青き大剣が、振り下ろされる。なでるようになめらかに。
『……ほとけ……に……』
鬼の体が割れた。巨大な蜘蛛が、浄化の炎に包まれてビルから落下する。
『オオオオオオオオッ』
別の方向から憤怒の叫びが上がる。
『よくも我が夫をォォォッ!』
絡新婦が叫び、飛ぼうとした瞬間――。
銃型の対妖兵器が火を噴いた。脚の関節を打ち抜かれ、絡新婦は地面に落下する。
『おのれ、オノレェェッ!』
起き上がったその瞬間――。
『ア……グ……』
人型の胸を、後ろから貫かれていた。
絡新婦は振りかえる。
『学……園長……』
学園長が、刀で絡新婦の心臓を貫いていた。
「もっと早くに」
刃を回転させ、急所をえぐる。
「君の闇に気づくべきだった」
学園長は刃を引き抜く。赤黒い血が噴き出し、あたりに散る。
『オ……オオ……』
学園長はさらに絡新婦の蜘蛛の部分――その腹部に刃を突き刺す。できた傷の中に、手榴弾を埋めこむ。ピンを抜いて、学園長は絡新婦の上から飛んだ。
「さようなら、岡留君」
『あ……アア! アアアアアアアアアアアッ!』
絡新婦は爆散した。体内に残っていた卵もすべて焼き散る。
学園長は難なく爆発から逃れた。燃え尽きていく絡新婦をじっと見据える。
「……終わったのう」
「端山さん」
「学園内にいた土蜘蛛も掃討されたそうじゃ」
介爺が報告する。
気がつけば、空に浮かんでいた黄金の光も消えていた。
蜘蛛の糸は清浄なる水に溶かされ、邪悪なる者は炎に焼かれた。
「彼奴らは、自分の子供が欲しかったんじゃのう」
倒された土蜘蛛の王と王妃。鬼児や呪印ではなく、歳を経た化け蜘蛛でもなく、純粋に出産した子をもって一族の再興を願っていた。
「けれども、その願いが彼らに滅びをもたらした」
「因果じゃ」
介爺は言った。
「人の親を奪った、報いじゃよ」
きびすを返す。
「さて、後始末じゃな。こりゃ手がかかるぞぃ」
「考えただけで気が滅入りそうです」
「ほっほっ、そんなタマではヤコージュの学園長は務まらんて」
「おっしゃるとおりです」
学園長が肩をすくめる。
「二人を迎えに行くぞい。銅雀!」
「はーい、介爺様」
瓦礫の中から、金銅の雀が飛んでくる。
「おぬしもよくよく運がいい付喪神じゃのう。一磨とらいちゃんはどこじゃ?」
「あっちに降りてきてたよ」
銅でできた付喪神について、大人たちは歩き出した。
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