「らい!」
「一磨さん!」
土中で、二人は再会した。
らいは両手の法具を捨て、一磨に駆けよる。一磨は両手を伸ばす。
向かい合って、二人は両手を握り合った。おたがいがおたがいのパートナーであることを確かめるように。
「……っ、は!」
ズクン、と違和感が一磨の体を貫く。
「一磨さん!」
一磨は膝から崩れ落ちた。全身をゾクゾクとした感覚が走り抜けていく。痛みとも快感ともつかない。指先が痛む。
「はァッ、はァッ、はァッ、はァッ」
短く息を吐く。
見る間に、指先が変化する。より太く節くれだち、爪が鋭さを増す。皮膚が硬くなる。
鬼に成る兆候だった。
「くうぅ」
息を絞り出し、一磨は何とか平静を保とうとする。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
らいを安心させようと、一磨は言った。
「まだだ。まだ鬼に成らない。大丈夫」
成ってはいけない。
「ヤツを殺して……!」
倒せばいい。倒せば呪印の力も消える。仇もとれる。ハッピーエンドだ。
「ハアア……」
勝てるのか。負けるのか。相打ちになるのか。決着がつく前に、鬼に成ってしまうとも限らない。鬼に成った自分はどうなるのか。わからない。何もかもがわからない。
「一磨さん、戟を」
らいが戟を拾い、差し出す。
「ああ。ありがとう。らいは大丈夫か?」
「はい」
らいは輪宝を持つ。
「どうやって追う?」
「神虫で追いましょうか?」
「君は力を温存して。肝心なときに腹が減ったりしたら困るだろ?」
「はい、でも……」
「銅雀!」
一磨は闇に向かって呼ぶ。
「若君!」
カラカラッと小石の落ちる音がした。金属の雀が飛んでくる。
「よかった、いてくれたんだな」
「若君〜。よく無事だったねぇ」
「土蜘蛛を追う。導いてくれ」
「わかったよ」
「わかるんですか?」
「ぼくも土気の生まれさ。土の中の異常な力を感じるくらいはできるよ」
銅雀は飛び立った。二人はあとを追う。
どれくらい走っただろうか。銅雀がホバリングする。二人も足を止めた。
異様な雰囲気が、ありありと伝わってくる。土蜘蛛は最早気配を消すこともしないらしい。
「まずいな、街の北東部か」
「今、上はどんな風になっているんですか?」
「真上は……オフィスビル街ってとこだな、多分」
土蜘蛛との戦闘で、地面が崩落するのは最早お約束になりつつある。
「せめて学園長たちが頑張ってくれるといいけど……」
地上では、学園の関係者や警察、地元の退魔士が走り回っていることだろう。もし崩落が起こっても、被害が最低限に抑えられることを願いたい。
「若君、進む?」
「ああ」
もう戻れない。
二人と一匹は慎重に歩を進める。
(ここだよ)
銅雀が地面に下りたち、小声で言った。
地下の大空洞に、土蜘蛛らは潜んでいるらしい。
岩陰からそっと覗く。
「う……!?」
一面、蜘蛛の糸でできた城だった。
はるか奥では、二頭の土蜘蛛が荒い息を吐いている気配がする。
一磨はそっと糸にふれる。にちゃり、と指について粘る。
(今しがた造ったって感じだな)
糸にこれだけ粘着力があれば、土埃で汚れるはずだ。だがこの城全体の汚れは少ない。
(何のために?)
(入ってみるしかないな)
二人は小声でやりとりする。
糸で急造した城で、土蜘蛛たちは何をしているのか。
(銅雀、お前はここに残れ)
(うん、若君)
二人は気配を殺して、城の中に足を踏み入れる。
(これは……!)
糸の中に、いくつも塊があるのが見える。
(卵だ!)
人の頭部ほどもある大きさの卵がいくつも産みつけられている。
(らい、破れるか?)
うなずいて、らいは輪宝の外刃で卵の殻を切る。
「シキャアァァ……」
粘液に包まれた子蜘蛛が産声を上げた。ビシャリと地面に落ちる。
一磨はすぐさま戟で刺した。子蜘蛛はしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。
(こいつは……!)
奥から漂う荒い気配にも合点がいった。朱顎王と絡新婦は交配の真っ最中だ。交わる先から卵を産み、仲間を生み出そうとしている。
(これ、全部、土蜘蛛の卵ですか……!?)
(しかも成長が早い。……如意宝珠の力だな)
今しがた産まれた卵の内部で、すでに蜘蛛の姿が形成されている。
(孵化させるわけにはいかねぇ)
指先ほどの小蜘蛛の群れとは訳が違う。あの朱顎王と絡新婦の血統、しかも如意宝珠の力の影響を受けた土蜘蛛たち。放たれれば、地上は地獄と化すだろう。
(どうします?)
(奴らは今、無防備なはずだ。しかも焦ってる)
敵前から逃亡し、逃亡した先で交配をおっぱじめる。どう考えても異常な行動だ。
(俺の一撃が、相当効いてるな)
一磨の不意打ちが、朱顎王にショックを与えたのだろう。朱顎王は勝利よりも生存と生殖を選んだ。本能がそうさせたのだ。
(らい、神虫で戦え)
(はい)
(行くぞ!)
二人は走り出す。
「神虫!」
らいの影から神虫が飛び出す。蜘蛛の糸を次々と引きちぎり、卵を破り捨てる。
一磨も戟を振るった。子蜘蛛を卵ごと葬る。
「転宝輪!」
大きな輪宝が空中を飛び、糸の城を斬り裂く。
「朱顎王――!」
城の最奥で交わっていた土蜘蛛に、一磨は突進する。
『ハァッ!』
朱顎王の方が早かった。一磨は絡新婦に突っこんだ。
『ギャアアッ!』
勢い余って、城の壁が破れる。壁の先は地底湖だった。
絡新婦が地底湖に落ちる。
『助けて……助けて、玉石君。お願い……』
人の姿が残る肩までを水上に出し、絡新婦はもがく。
「岡留先生……」
一磨は一瞬、ためらう。
『玉石一磨ァッ!』
背後から朱顎王が飛びかかった。もろともに地底湖に落ちる。
「一磨さん!」
あとを追ってきたらいが叫ぶ。一磨も朱顎王も絡新婦も見えない。
「あっ!」
地底湖の岩場に、一磨が頭を出す。岩に手をかけ、水から這い上がろうとしているが、うまくいかない。
「何とか……何とかしないと!」
一磨の位置は、城からかなり離れている。
岩場を伝って助けに行くのは無理だ。
「そうだわ! この糸を使えば……!」
天井から地面にかけて張られた糸の一本を根元から切る。粘り、伸びる糸だ。
「どうかうまくいって!」
らいは糸を握ったまま、思い切り後方へ走る。限界まで後方に行き、地面を蹴った。少女は振り子となって、地底湖の上を飛ぶ。
「手を!」
伸ばされたらいの手を、一磨は取った。しっかりと握り合う。二人は勢いよく城へと引っぱられる。地底湖の水際に、二人は投げ出された。
「一磨さん、しっかりしてください!」
らいが叱咤した。
「ごめん、らい。俺、俺は……」
ガクリ、と一磨の体から力が抜ける。
「あ……!」
一磨の背に、深々と独鈷杵が突き刺さっていた。
『我らの勝ちよなぁ』
『私たちの勝ちよねぇ』
ゴボゴボと水音がして、二頭の土蜘蛛が浮かんでくる。
「あなたたち……何を……」
絡新婦が勝ち誇った表情で、両手を広げる。
『すべてを切断せし金剛石、聖なる尊き宝珠よ、吉祥成就!』
独鈷杵が輝く。
「あ……ガアアアアッ!」
一磨が絶叫する。口から血がしぶいた。皮膚の色が赤味を帯びる。筋骨が急速に発達をはじめる。犬歯が伸び、鋭さを増す。
鬼に成ろうとしていた。
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