破鍋プルガトリオ
第一幕 友達クロスローズ

 キーンコーンカーンコーン。
「そんなわけで、『地獄草紙』というのは叫喚地獄の一部を描いたもので――」
 コーンキーンカーンコーン。
 甲高いチャイムが、学校中に響いた。
 ムダ話に夢中になっていた教師が、ハッとして時計を見る。
「あー時間になっちゃったかー。授業はここまでー」
起立きりーつ! 礼ーれーい!」
 放課後になった。
 下校する者あり。クラブに向かう者あり。廊下がにぎやかになる。
 そんな中、名物生徒が靴箱に向かっていた。
「番長、お疲れさまです!」
「……ああ」
 後輩らの大げさな礼に、破鍋東われなべあずまは低い声で答えた。
 アズマはでかい。高校二年生で、身長は一九〇センチに達した。四肢は筋肉質で、丸太を連想させる。容貌は鬼瓦か金剛力士像に似ている。この学校の制服である紺色の学ランが、誰よりも似合う。ついでに、革靴よりはゲタの方が似合うだろう。
 ただし今は夏なので、実際の服装は白いシャツに紺のスカートだった。
 そんな彼のアダ名は「鬼番長」という。生徒たちの視線を一身に集め、ちょいとヤンチャな連中も素直に道を開ける。
 ただ誤解がある。彼は不良でも何でもなく、ごく普通の高校生だ。
 ……すくなくとも彼自身はそう思っていた。
「おーい、ナベさん。待ってくれよ!」
 そんな彼にも親友がいた。木曽路梁きそじりょうというクラスメイトだ。
「もー、どうせ一緒の塾なんだから置いてかないでくれよぉ」
「テンパリ、廊下は走るな。危ない」
「テンパリ禁止!」
 リョウはアズマと違って、どこから見てもごくごく普通の高校生だった。体格は人並み、黒い髪は自然なウェーブがかかっている。
「これでも気にしてんだから言わないでよ、天パのことは」
 そう「天然パーマのリョウ」略して「テンパリ」が彼のあだ名だ。加えて、やや垂れた目元が、彼の軽そうな雰囲気に拍車をかけていた。
「悪かった。だが廊下は走るな」
「大丈夫だって。スリッパで全力疾走くらいできるぜ?」
 リョウは笑って灰色のビニールスリッパを軽く掲げた。生徒はみな、校内ではこれを履くことになっている。
「聞いたぜ。ナベさん、またインネンつけられたって?」
 「鬼番長」というアダ名には理由がある。アズマは喧嘩にめっぽう強かった。
「北高の連中かな?」
「いちいち覚えてない。番など張ってないと言ったのだがな」
「しょーがねーって。だってナベさん、見た目は番長なんだもんなー」
「迷惑だ。内申に響いたらどうしてくれる」
 話しながら靴を変えていると、女子生徒がまた一人やってきた。
「アズマ君、木曽路君。今、帰りですか?」
「あ、ツキさん!」
 夏の暑さを忘れさせる、涼やかな声だった。
 隣のクラスの、竹葉夏木ちくばなつきだ。校内で一、二を争う美少女で、皆から「ツキさん」と呼ばれて親しまれ、憧れの対象になっている。
 美しくそろえた長い黒髪は、愛らしいひな人形のようだ。白い半袖のセーラー服からのぞく腕は、細くて日焼けもしていない。地味でダサイと言われがちな制服だが、彼女が着るとかえって清楚に見える。
(でもツキさんに似合うのは、たぶん着物だよなー)
 ナツキはセーラー服よりも着物、着物より十二単が似合いそうな、純和風の美少女だった。
「今日はたしか、塾の日ですね――きゃあっ!」
「っ!」
「おぷっ」
 床が濡れていたのか、ナツキは突然バランスを崩した。アズマが彼女の手をつかんで支えたが、足からすっぽぬけたスリッパが、リョウの顔にヒットした。
「おい、リョウ。大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい、木曽路君! 大丈夫ですか!?」
 ナツキは真っ赤になって頭を下げる。
「へーきへーき! 気にしないで」
「でも顔に……」
「女の子じゃないんだから、顔くらいどーってことないって」
 リョウはヘラヘラ笑って、スリッパをナツキに返した。
「まったく、変なところでどんくさいな」
「はい……」
 アズマに言われて、ナツキはしゅんとうなだれる。
「ナベさん、そこまで言わなくてもいーじゃないかー」
「駄目だ」
「いーんだよ、オレは気にしてないもーん。ねっ、ツキさん」
「ホントにごめんなさい。これから気をつけます」
 恐縮する美少女に、リョウは見とれる。彼女がこれ以上引きずらないように、リョウは話題を変えた。
「あ、そーだ。さっき何か言いかけてなかったっけ?」
「あ、えっと……今日はたしか、塾の日でしたよね?」
「そそ、これから行くんだ」
「そうでしたね。がんばってください」
「ツキさんは帰り?」
「はい。じゃあ、また明日」
 ナツキは軽く会釈した。
「アズマ君」
 アズマに向き直る。
「ありがとう」
「ふん」
 アズマはそっぽ向く。ナツキは困ったように笑い、出ていった。
「バイバーイ」
 リョウはひらひらと手を振って、黒髪の美少女を見送る。
「はー、きれーだなー」
 リョウはぽやんとした表情で、ナツキのうしろ姿を見つめる。
「うらやましぃーなー、あのツキさんと幼馴染なんてさっ!」
 リョウはぱんっとアズマの腕をはたく。一方のアズマは、どこかムスッとした表情だ。
「あいつのどこがいいんだ」
「おい! それは学校の男子全部を敵に回す発言だぞー! ただでさえナベさんをうらやんでる連中が多いのに」
「なぜ俺がうらやましがられるんだ?」
「噂になってるぜー。二人が付き合ってるって」
「付き合ってなどいない」
「またまた〜。一緒にいるところ、結構目撃されてんだぜ?」
「誤解だ。あっちが勝手にまとわりついてくるだけだ」
「そーゆー発言が敵を作ってんだよ!」
 下駄箱前でぎゃいぎゃい騒いでいると、教師が通りかかる。さっきまで日本史のマニアックな知識を垂れ流していた教師だった。
「お、二人、帰りかー」
「あ、先生」
「最近物騒だからなー気をつけろよ」
「はい、さようならー」
「はい、さよなら」
 二人は校舎から出た。
「はーそれにしても、長井センセの授業はムダ話が多いなー」
 先ほどの日本史の教師のことだ。幅広い知識を持つかわりに、それを語り出すと止まらないタイプなのだ。
「こないだは何だっけ、ステ……いやシュノミ?」
「酒呑童子」
「そそ、それそれ」
 リョウはシャツの襟元をゆるめる。
「面白い話だったけどさ、鬼の話じゃ受験の役に立たねーなー」
「…………」
 アズマの表情がわずかに曇ったが、リョウはそれに気づかなかった。
「おーい、テンパリー!」
 グラウンドの方から、男子が何人も走ってくる。体育会系のクラブの連中だ。陸上やら軟式野球やら剣道やらが混じっている。
「テンパリ言うなー!」
「んなことどうでもいい! こないだの話、考えてくれたかー!?」
「部活に入れって話? 助っ人ならいいけど、所属する気はないよ。めんどくさいし」
「そりゃ才能の無駄づかいだぞ!」
「そうだそうだ!」
 猛抗議しかけた男子らの前に、アズマが割り込む。
「リョウ、こいつらは?」
「うっ……」
 男子らはリョウの肩を抱き、すささささ、と離れた。アズマに背を向けて、声をひそめる。
「な、なあ、お前、あの鬼番長のパシリにされてんじゃね?」
「はあ?」
「正直おっかねーもん。何か弱みとか握られてんだろ!」
「何言ってんだ! ナベさんは優しい上に甘党な優しい人だよ!」
「テンパリ、騙されてるって!」
「ってか言葉乱れてる! お脳の病院へ行こう!」
「何がお脳じゃ! この話はおしまい!」
「ちょっ、待ってくれよ〜」
「オレらこれから塾だから!」
 リョウは体育会系らをさっさと追っ払い、アズマのもとへ戻る。
「……良かったのか?」
「いーのいーの」
「リョウはスポーツがよくできる。どこかに入ってもいいだろう」
「だめだめ。部活入ると、毎日遅くなるだろ? ウチ、親が家を空けてるからさー、早く帰れないと不便なんだよ」
「そういえば、家事もするんだったな」
「そうそう。ま、妹と分担だけどさ」
 塾へ向かう路地を歩く。家が密集していて、その中の道に沿うように川が流れている。コンクリで護岸された細い川は、夏の強い日差しを反射していた。
「ちょっと待てや、破鍋東!」
 突然、怒鳴り声がした。前からうしろから、ガラの悪い高校生がわいて出る。灰色のズボン、シャツの校章からすると、よその学校の不良どもらしい。
「テメーちょっと強ぇからって調子乗ってんじゃねーぞ! ツラ貸せ!」
「断る」
「あ? ナメてんじゃねーぞ!」
「そ、そうだぞ! ツクダ先輩ナメんじゃねーぞ!」
 ツクダ先輩とやらはともかく、取り巻きのやる気は低そうだった。おそらく彼らはすでにアズマにやられている。腰の引け具合からすると、ボッコボコに。
 その彼らを見かねて、ツクダ先輩がしゃしゃり出てきたのだろう。
 アズマは首筋のうしろに手をやる。困ったときの仕草だ。ひとつため息をついて、リョウに自分のカバンを渡す。
「少しだけ持っていてくれ」
「な、ナベさん」
 リョウは、ただあせるしかない。アズマのカバンを持ち直し、いざとなれば通報できるよう、自分のカバンにしまってある携帯をこっそり手に取る。
 その間に、ケンカが始まった。
「オラアアアアアッ!」
 ツクダ先輩が拳を放つ。
 しかしアズマの方が上手だった。パンチをかわし右手で相手の手首を取る。ひねる。その回転にバランスを崩され、相手は尻餅をついた。同時にアズマは素早く身をかがめ、左手で相手の足首をすくいあげる。そして両手を持ち上げた。
 一瞬のことだった。
「離せ、離せー!」
 先輩とやらは見事に吊り上げられていた。まるで丸焼きのブタだ。たとえ暴れても、ミミズのようにモゾモゾするのが関の山だった。
「まだやるか?」
 相手のボスをゴミ袋のように吊り下げたまま、アズマは尋ねる。その背からズズズズズ……と重いオーラが流れ出る。
「うわー怒ってる怒ってる」
 リョウは苦笑した。
 アズマの怒気に、取り巻きは完全に戦意喪失。先輩のギャーピー叫ぶ声だけが路地に響く。
「もういいだろう。塾に遅れる」
 アズマは川に向かって、ぽい、と先輩を投げ捨てた。
「うわああああっ!」
「せんぱあああい!」
 ビシャーン!
 間抜けな水音が響いた。
「すまん、リョウ」
「あ、うん。はい」
「ありがとう」
 アズマはリョウからカバンを受けとる。そして何事もなかったかのようにスタスタ歩きだした。リョウはあわててあとを追う。
 幸い、不良たちは追いかけてこなかった。
「……相変わらず強いねえ」
「相手が弱すぎるだけだ」
「そりゃナベさんが強すぎるからでしょ!」
「何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「だってナベさん、ヒーローみたいだもん。オレもあやかりてー」
「あやからんでくれ。面倒くさいだけだ」
 内心ヒヤヒヤしていたのはどこへやら。リョウはケラケラ笑いながら、巨体の親友と並んで歩き始めた。

 

「は〜終わった〜」
 リョウは大きく伸びをした。塾が入るビルを出ると、すっかり暗くなっていた。
「あ、コンビニ寄ってこーぜ。アイス食べたい」
「わかった」
 リョウの誘いに、アズマは快く乗った。見た目に似合わず甘党なのだ。
 コーンアイスを買って、食べながら歩く。同じ銘柄を買ったはずなのに、アズマの方がはるかに小さく見えた。
「そーだ、ミーちゃんは元気?」
「ああ」
「この辺だったなぁ、ミーちゃんを拾ったの」
 リョウはしみじみと思い出していた。


 一年あまり前、高校に入学したての頃だった。
 雨の夕方、あたりはひどく暗かった。リョウは帰宅する途中だった。そしてこのあたりで、リョウはアズマと出会った。
『あの……大丈夫ですか?』
 アズマが傘もささずに道の端でうずくまっていた。制服が同じ高校のものだったので、リョウは思わず声をかけた。ぬっと立ち上がったアズマを見て、リョウは一瞬後悔したものだった。
「おっきかったなー。もう壁かと思ったよ」
 リョウはアズマを見て、すぐ〈鬼番長〉破鍋東だと思い至った。入学式の日からすでに、悪名と武勇伝が噂となって校内を駆け巡った人物だ。
 思わずすくんだリョウに、アズマはぶっきらぼうに両手を突き出した。
『……どうしたらいい?』
 アズマの手の中に、小さな小さなネコがいた。
「しかしネコを拾うとかベタベタな展開だったよな!」
「何だ、その展開というのは」
 リョウはすぐ事情を呑みこみ、アズマとともに自宅へ急いだ。まだ乳飲み子のネコは、幸い風邪をひいたふうもなく元気だった。
 リョウの家は、昔からネコを飼っていた。扱いはわかっている。保温やミルクの与え方をアズマに教えた。いかつい大男が、とまどいながら哺乳瓶を傾ける。それを見て、リョウはすっかりアズマを見直していた。
「怖いのは見た目だけ。ホントはフツー以上に優しくて、ちょっと不器用なだけだって」
「…………」
「あれ? ナベさん、照れてる?」
「なぜ」
「へへっ」
 そしてそのネコは、アズマの家に引き取られた。アズマはそれからも何かと相談をもちかけ、リョウもいろいろとアドバイスした。二人は三か月と経たずに、ネコ以外のことでもつるむようになった。
 親友と呼べる仲になった。
 それが二人の始まりだった。


「リョウが来てくれてよかった。この辺りは人通りが少ない。あのとき通らなかったら、どうなっていたか……」
 まだ建築中のスーパーマーケットの横を通る。高い足場を覆うシートが、駐車場予定の空き地の向こうに見える。
 ぼんやりとした街灯が、チカリチカリとまたたく。
「ここ、いつまでたってもできあがらねーなー。まわりも暗いし」
 周囲はビルが多いが、テナントのないなかば無人の建物ばかりだ。不況のせいなのだろう。
「ん?」
 二人は足を止めた。
「何だ?」
 街灯の光の下に、何かが立っていた。人影と思ったが違う。
「寝袋が立ってる……?」
 まぬけな感想が口をついて出た。手足のない、人型の袋に見えた。
「……バカな」
 アズマの表情がこわばる。十数人の不良に囲まれても平気だった彼が、額に汗をにじませている。
「リョウ、下がれ!」
「うわっ、何!?」
「逃げるぞ!」
 アズマがリョウの首根っこをひっつかむ。今来た道を引き返そうとして――。
「あだっ!」
 見えない壁にはじかれた。リョウは思い切り尻餅をついた。
「な、な、な……!?」
「もう結界が……生じたのか!」
 アズマに腕を引かれ、リョウはなかば強制的に立たされた。振り返る。
「…………!?」
 影が増えた。よく見れば、汚れた包帯のようなものでグルグル巻きにされている。
「クキキキキ……」
 ビリ、プツ、と包帯が切れる。ゾンビのような口元があらわになる。
「ピギャアァアァァァア!」
「バ、バケモノ――!?」
 リョウは叫んだ。
 バケモノの口には、無数の牙。包帯をひきちぎって現れた手足はねじくれ、皮膚はただれている。指先には汚いカギ爪がある。ゾンビ映画か災害(ハザード)映画に出てくる、モンスターに似ている。
「や、やべえ、何かやべえよ。ナベさん、逃げよう!」
「無駄だ。結界が生じている」
「ケッカイ……?」
 アズマは落ち着いているように見えた。しかし眉間に深くシワが寄っている。
「なぜだ……なぜリョウまで」
 アズマはブツブツ不可解なことをつぶやく。
「そ、そうだ、携帯! 助けを……」
 リョウはあわててバッグをあさる。そして電源を入れて――。
「圏外!? 嘘だろ、街のド真ん中だぞ!?」
「リョウ、隠れていろ」
「え、なに」
「隠れてろ!」
 路上駐車した軽自動車の陰にリョウを押し込み――アズマはバケモノの中に飛び出した。
「臨メル兵、闘フ者、皆、陣列シ前ニ在リ!」
 アズマが呪文とともに、両手をさまざまな形に組み替える。するとその両手の中に光が生まれた。光はアズマの両腕に広がる。まるで炎に包まれているようだった。
「ナベさん!」
 リョウは顔を出しかけた。その途端、ビシャ! と血が飛んだ。
「ひっ」
 あわてて顔を引っ込める。自動車のガラス窓ごしに、様子をうかがう。
(何だよこれ、何だよ!?)
 リョウは混乱した。
(何で戦ってんだよ!?)
 目の前の光景が、信じられない。
 アズマの巨体が舞いあがり、バケモノを屠る。光に包まれた腕を振るう。引きちぎり、叩き潰し、蹴り飛ばす。バケモノたちは徐々に肉塊になる。
「ナベさん……!」
 混乱しすぎて泣きそうだ。血の臭いに耐えられず、口で息をする。吐き気がして、それを押さえるだけで精いっぱいだった。
「グピピピピ……」
 いつの間にか、リョウのうしろにバケモノが回り込んでいた。ゲームで見たゾンビ系モンスターにそっくりだった。
「キシャアアアアアアッ!」
「うわ、うわわ――ッ!?」
「リョウ!」
 リョウは車の陰から飛び出した。ゾンビが追いすがる。
「離れろ!」
 アズマが、拳を振り下ろす。ゾンビの背骨が折れる。下半身が動かなくなり、上半身だけがカサカサと悶えた。
「うわ、うわ、うわ」
 もはやリョウは意味のないことをつぶやくばかりだ。
「リョウ、落ち着け。俺のうしろにいろ!」
 アズマはそう言うと、結界という壁と、自分という壁のあいだにリョウをはさむ。襲いかかるゾンビを投げ返し、リョウをかばう。
「くっ……」
 アズマは動きを封じられたも同然だった。しかし、確実にゾンビの数を減らしていく。
「ナベさん! 右! いや左から!」
「わかっている!」
「数が減ってきた! 逃げよう!」
「駄目だ!」
「な、何だぁ!?」
 ごぱ、といきなり地面に大穴が空いた。赤黒い光を放ち、熱と異臭が噴き出してくる。
 ゾンビたちはまるで小虫のように逃げる。逃げきれなかった者は、穴の中に呑みこまれる。
「来る――!」
 アズマが額に汗をにじませた。
 熱の渦の中から、巨大なバケモノが姿を現した。土気色の肌、禿げあがった頭、でっぷりと出た腹――日本史の教師が教えてくれた、餓鬼の姿にそっくりだった。
「うわ、わ、わ……!」
 餓鬼は自身に絡みついている包帯をブチリブチリと引きちぎる。まるでわずらわしいものから解放されるように。
「オオオオオオオオオオオオォンッ!」
「リョウ!」
「うわああっ!」
 アズマはリョウを担ぎ、飛んだ。餓鬼の巨大な拳が、今いた場所にめりこんだ。
 餓鬼のパンチが飛ぶ。アズマがかわす。飛ぶ。かわす。リョウを守るため、アズマはまるで鳥のように跳躍した。
「ナベさん! オレにかまわないで!」
「しゃべるな……うおっ!?」
 何度目かのジャンプに、餓鬼が反応した。アズマの足を空中でとらえる。
「しまっ――ぐわッ!」
 地面に叩きつけられる。めりこみそうな勢いで、アズマは這った。リョウはその直前、アズマが突き飛ばすように解放したため、尻を打っただけで済んだ。 
「ナベさん!」
 リョウはアズマに駆け寄った。
 地に這ったまま、アズマは拳を握りしめた。すぐには起き上がれない様子だ。
「オオオオオ……」
「あ、あ……」
 目の前に、餓鬼が迫る。その周囲にゾンビが群がる。餓鬼はリョウたちに向かって、ゆっくりと手を伸ばした。先ほどよりずっと緩慢な動きだが、かえって不気味だった。
「やめろ、やめて、誰か、助けて!」

「――鉄磑テツガイ!」

 凛とした声が、あたりを切り裂いた。
「な――」
 隕石、とリョウは思った。
 巨大な黒い塊が宙を飛び、餓鬼の顔面に突っ込む。直撃を受けて、餓鬼が倒れる。塊は止まらず、まるで暴走した車のようにバケモノたちを轢き殺す。塊はそのまま浮き上がり、視界から消える。
 キラリ、と夜空に何かが光った。
「うわっ!?」
 リョウの目の前に、抜き身の刀が突き立った。
「――取って!」
「へ!?」
 建築中のビルに、人影がある。そこから声が降ってくる。
「その刀を取って――戦って!」
 リョウは否応なく刀を両手で引き抜いた。襲いくるゾンビを薙ぎ払う。ゾンビが、まるで枯れ葉のように千切れた。
「何で……オレ……」
 自分で斬ったのだと認識するまで、時間がかかった。刀をまじまじと見つめる。銀の刀身に、青い炎が揺らめいた。
「リョウ、油断するな!」
 ようやく立ち上がったアズマが警告する。
 リョウは顔を上げ、同時に二体のゾンビを斬った。思わぬ事態に、ゾンビらは戸惑ったように一歩二歩下がっていく。
「いったい、どうして……」
「来ていたのか」
 アズマがビルを見上げる。リョウもつられた。
 紺碧の星空をバックにして、あの人影が揺らめいた。
「ハッ!」
 人影が飛んだ。アクションスターのように、華麗に宙を舞う。すらりとした足で衝撃を吸収し、着地した。
「間に合ってよかったです」
 その日本人形のような黒髪を、リョウは知っていた。
「ツキさん!?」
 竹葉夏木だった。黒のボディスーツに全身を包んでいる。普段の清楚な姿からは想像もできない、艶っぽさだった。豊かにふくらむスーツの胸元には、無数の鳥が雫型の宝珠を囲む白いマークが刻まれている。
「アズマ君、大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
 アズマはいつもの仏頂面で答えた。ナツキはにっこりと笑う。
 餓鬼が起き上がった。
「ツキさん、何で!? てか危な……」
「リョウ君、話はあとです。戦いを終わらせましょう」
 す、とナツキが手を掲げる。餓鬼の頭を巨大な塊が直撃する。餓鬼はふたたび地を這った。
 その周囲から、ふたたびバケモノたちが湧いてくる。泣き叫ぶ。その声に押されるように、餓鬼は塊をどけ、半分潰れた頭をふりかざした。
「オオオオオオオオ……ォンッ!」
「行きますよ!」
 三人は、バケモノの群れに突っ込んだ。
 ナツキの操る塊は、巨大なくろがねの臼だった。バケモノを巻き込み、すり潰す。ミンチになった血肉が容赦なく飛び散る。
 アズマの腕も容赦がなかった。腐ったバケモノを容赦なく引き裂き、その半身をゾンビに叩きつける。たちまちシャツが赤黒い色に染まった。
 リョウは――まるで夢の中にいるようだと思った。ヒーローになって戦う夢。誰もが想像するその通りに、リョウの体は動いた。ゾンビをなで斬りにする。
「ウォオオンッ!」
 餓鬼の拳が、ナツキを襲う。
 ナツキは腕をクロスさせ、その打撃を受けた。華奢な体が吹っ飛ぶ。
「ツキさんっ!」
「効きませんよ」
 華麗に受け身をとって着地し、ナツキは腕を下ろす。ニコッと笑顔になる彼女に、ダメージはないようだった。
「いいスーツです。これなら安心ですね」
 どうやらボディスーツが、衝撃を吸収したらしい。
「おい、もういいだろう。そろそろ仕上げに入れ!」
「わかりました、アズマ君」
 ナツキが、戦いの輪から一歩下がる。アズマとリョウはその前に立ちはだかり、ゾンビを屠る。餓鬼の攻撃を防ぐ。
南無帰命頂礼熊野三所大権現ナムキミョウチョウライクマノサンショダイゴンゲン
 聞きなれぬ呪文が、ナツキの紅い唇から紡がれる。
我呼召十六小地獄第十一別所ガコショウジュウロクショウジゴクダイジュウイチベッショ――金鶏キンケイ!」
 ゴ、と熱風が舞った。熱く心を燃やし、まとわりついた穢れが浄化される。そんな風だ。
 大地に、方形と円を組み合わせた陣が現れる。それは曼荼羅まんだら――仏教における宇宙の図像に似ていたが、リョウにはわからなかった。
「クキエエエエエッ!」
 陣から現出したのは、黄金のニワトリだった。ただし大きさはトラックほどもある。
 金鶏のクチバシから、炎がほとばしった。ゾンビを片っ端から焼き尽くす。
「クキエエエエエエエッ!」
 凄まじい勢いで、餓鬼の頭をつつき倒す。ひと突きごとに肉片が散った。餓鬼はやがて原型を留めぬほど解体された。
 金鶏は翼をひと振りして頭を下げ、光とともに地面の中に消えていった。
「終わりました」
「……ふう」
 アズマが深々と息をついた。
 あたりはまさに地獄絵図だった。アズマやリョウの体には返り血が、地面や放置された建設資材にはゾンビのペーストがこびりついている。
 リョウは刀を構えたまま、動けなかった。今さら、体が震えだした。
「木曽路君、お怪我は?」
「ひっ!」
 リョウは思わず、刀の切っ先をナツキに向けた。しかしナツキは動じなかった。すっと右手を掲げ、とん、と刀に当てる。
 途端、バラバラバラと刀身が三つ折れになった。青い炎に包まれ、燃え尽きるように霧散する。柄だけがリョウの手に残った。
「あわわわ」
 リョウはへたりこんだ。すっかり力が抜けていた。
「木曽路君、大丈夫ですか?」
 ナツキは心配そうな表情でリョウを見つめた。リョウも落ち着きを徐々に取り戻す。
「あ……あ、うん。たぶん」
「アズマ君も――」
「なぜだ!?」
 いきなりアズマは、ナツキの胸倉をつかんだ。ナツキの体がわずかに浮く。
「なぜ、彼を巻き込んだ!? 答えろ!」
「ナベさん、やめ――」
 リョウが止めようとしたとき、アズマの体が浮いた。
 比喩でも何でもない。ナツキがアズマの腕をつかんだかと思うと、その巨体を持ち上げていた。まるで重量挙げのような光景だった。
 ズン、と重い音がしてアズマが投げ飛ばされていた。
「メール、しました。今夜このあたりが危ないと」
 ナツキは困ったような顔で、地面に伸びたアズマのポケットを探る。
「ケータイ……ああ、電源を切ってしまって。これじゃあ連絡できないって、何度も言ったでしょう? いざというとき困るから、なるべく見てほしいんです」
「ナベさん!」
 アズマは頭をさすりながら起き上がる。
「でも……」
 ナツキはにっこり笑った。
「木曽路君をかばったアズマ君、とても素敵でした」
 黒い長髪がひるがえる。ナツキがくるりと踵を返し、血に染まった地獄絵図の片隅に立つ。
活活カツカツ
 ナツキの唇から、短い呪文がこぼれた。
 再び地面に穴が現れる。その中から無数の人影が現れた。
 人ではなかった。赤や黄色や青の肌、三つ目を持つ者、角のある者、筋肉質かと思えば老婆のような姿の者もいる。ほとんどの者が上半身裸で、トラやヒョウの毛皮を腰に巻いている。
 それは鬼の姿であった。
「ば、バケモノ!?」
「大丈夫です」
「へ?」
「味方です。皆さん、あとはお願いしますね!」
 鬼たちは手際よく死骸を片づけ始めた。水を流したり、肉塊を集めて包帯を巻く。バケモノたちのなれの果ては穴の中に放りこまれ、片付けられていく。
 それが済むと、鬼たちはナツキに一礼して穴に戻っていった。中には手を振っている者もいた。
「結界が切れます」
 やがて――何かがふっつりと切れた。
 あたりが静かになった。涼しい風がサラサラと流れてくる。いつもの夜が戻っていた。
「ごめんなさい、木曽路君。驚かせてしまいましたね」
「えっと、大丈夫だけど、その、血が……」
 制服を見る。
「あれ!? 血……血の痕がない!」
 あれほど返り血を浴びたはずの制服は、土ぼこりがついているだけだった。そういえばあたりも、血痕の一滴さえ残っていない。
「そ、そうだ、携帯!」
 リョウはポケットに押し込んでいた携帯を取り出す。
「時間……そんなに経ってない」
 数時間経ったような気がしていた。だが携帯の時計は、ほんの数分しか進んでいなかった。
「結界の中でしたからね」
「結界……?」
 プップッとクラクションの音がした。濃紫色のミニバンが停まっている。
「行きましょう。話はそこで」
 ナツキは、アズマとリョウを促した。

「僕は竹葉出ちくばいずる。ツキちゃんがいつも世話になってるね」
 ミニバンの運転手は、ナツキの兄だった。歳は二十代前半くらいか。人懐っこそうな笑顔を絶やさない好青年だった。
「アズマ君はいいとして、キミは初めてだね? このまま家まで送っていってあげようか? それとも今から事情を説明した方がいいかな?」
「えーと、ナベさんは……」
 リョウは助けを求めるようにアズマを見た。アズマは口を真一文字に結んでいる。
「木曽路君、アズマ君は事情を知っているんです。だから説明は必要ありません。木曽路君が知りたいかどうかによります」
 助手席のナツキが言った。すでに彼女はスーツの上にワンピースをはおっている。見た目には、ぴったりしたカットソーにワンピースを合わせているようにしか見えない。
「…………」
 車は停止しているが、エンジンがかかっている。小さな音量で流れるラジオは、テンポよく音楽を流している。それだけなのに、急かされている気がした。
「……話が、聞きたいです」
「わかった。じゃ、シートベルトしてねー」
 車がウインカーを出した。


 行きついたのは、アズマの家――の隣にある、ナツキの家だった。
「こ、ここがツキさんのお家……」
 リョウの基準でいえば豪邸だ。門も庭も駐車場もある和風モダンの家。テレビに出てくる料亭のような家。何度か見かけたことはあったが、彼女の家だとは知らなかった。
「親は仕事で今いないから、気楽にしてねー」
 イズルに促されて車を降りる。靴を脱いで歩かないと申し訳ないような、黒石の道を歩く。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ……イズルさん、ナツキさん」
 だだっぴろい玄関に入ると、エプロンをした女性が出迎えた。ショートボブにした黒髪は、前髪が長めでヘアピンで留めてある。無地のカットソーにカーキ色のエプロンはかなり地味だが、落ち着いた雰囲気の美人だった。ナツキよりは年上、イズルよりは年下に見える。
「それに……アズマさんも。イズルさん、そちらの方は?」
「ツキちゃんのお友達の木曽路梁君」
「こ、こんばんは、始めまして。木曽路です。えっと……」
「木曽路君、こちらはウチに住み込みで働いてくれてる、お手伝いのホタルさん」
「お手伝いさん!? てっきりお姉さんかと」
「……よく言われます。早瀬蛍はやせほたるです。ようこそいらっしゃいました」
 ホタルはまるで旅館の仲居のように、丁寧に礼をした。リョウはお手伝いさんという存在を見たのは初めてだった。
 リョウたちは、これまただたっぴろいリビングに案内された。
「いま、お飲み物をご用意しますので」
「いいよ、ここは。それよりマスミさんを呼んできて」
「あ……申し訳ありません。マスミさんは今夜も……」
「え、またいないの? しょーがないなー」
 イズルがため息をつく。
「マスミさんっていうのは?」
「ウチの居候で、医者の真似ごとができる人でね。一応、診てもらった方がいいかなと思ったんだけど。ムラッ気のある人だから」
 お手伝いに居候。ドラマみたいな家庭環境らしい。リョウは妙にドキドキした。
「まーダメだろうけど、一応連絡してくれないかな」
「わかりました……」
 ホタルは一礼すると、リビングを出て行った。
「あ、じゃあ、わたし、飲み物を用意してきますね」
 ナツキはキッチンに入ってしまい、広々としたリビングで男三人ソファに座る。
「ノド、乾いたでしょう? どうぞ」
 しばらくして出されたのは、真っ赤なソーダだった。イチゴやラズベリーを切ったものに、赤いグレープソーダを注いである。かなり甘そうだ。
(甘いものは好きなんだけど……)
 ただ、リョウは何となく手が出なかった。血みどろの戦闘のあとのせいだ。
「リョウ、食べないのか?」
 アズマは平然と、血を連想させるソーダを飲んでいる。スプーンを突っ込んで、ベリーをどんどん平らげる。
「いやその……ごにょごにょ」
「君はあたたかい飲み物がいいでしょ。ツキちゃん、お茶ある?」
「あ、はい」
 イズルが助け船を出してくれたおかげで、今度は普通のお茶が出た。
 優しい緑色のお茶だった。ほっこりと湯気が立つ。口に含むと、普段飲んでいる緑茶より、みずみずしい生の茶葉の香りがした。爽やかな風味に、リョウはほっとした。
「あとでそっちのソーダ、もらっていいか?」
「う、うん、いいよ」
 リョウはソーダをアズマの前にすべらせた。
「さーて、落ち着いたところでぇ」
「どこからお話したらいいでしょうね……」
「最初から順序を踏んだ方がいいんじゃないかな」
「最初から……」
 ナツキが首をかしげる。「んー……」と言葉を整理している様子は、やはりかわいい。
「わたしたちは、前世で地獄の獄卒をしていたんです」
「ぶっ!」
 あっさり告げられた。リョウは茶を噴き出しそうになった。
「地獄の獄卒って?」
「わたしは茨木童子という名の鬼でした」
「い、茨木? 鬼?」
「酒呑童子の伝説をご存知ですか?」
「えーと、聞いたことはあるけど……」
「酒呑童子というのは――」
 ナツキがゆっくり語り始めた。


 それは、平安の頃と伝えられる物語。
 丹波国たんばのくに大江山に、酒呑童子という名の鬼と、その一党が棲んでいた。茨木童子もその一匹である。
 彼らは京の貴族の娘たちを誘拐し、その血肉をすすり喰っていたという。
 しかし悪行は長く続かぬもの。時の帝の命を受けた武将らの討伐を受け、酒呑童子は首を斬られた。彼の一党もまた、ことごとく討ち取られた。
「ただ、茨木童子だけが生き延びました。彼女は酒呑童子の仇を討とうとしましたが……逆に腕を斬り落とされました。腕は取り戻しましたが、その時の傷がもとで死んだようです」
 世を恐怖のどん底に陥れた鬼の一党は、全滅したのである。
「死んだ酒呑童子は、地獄に落ちました。でもそこで待っていたのは罰ではなく、罪人をさいなむ獄卒としての生だったのです」
「えっと、地獄にいるのは死人じゃないの?」
「違うよー。地獄というのは、生きる世界のひとつさ。輪廻といってね、前世の行いに応じて、次に生きるべき世界が決まるんだ」
 イズルが説明する。
「地獄ってのは、〈地下世界の牢獄〉ってのが本来の意味だからね。まー刑務所みたいなもんさ。決められた期間をオツトメして、罪を償うの」
「何か一気に世俗臭くなりましたね」
「そんなもんさ」
「いいのかなぁ」
「鬼らしい生だよね。死んでもまた鬼の役なんて」
 イズルが笑う。
 ナツキが続けた。
「そして茨木童子わたしもまた、地獄に落ちました。酒呑童子とともに、獄卒として生き続けたのです」
 そこまで淡々と説明していたナツキが、ふ、と目を閉じた。
「また酒呑童子様といられると知った時は、嬉しかったなぁ……」
 しみじみと、つぶやいた。
 リョウはその態度に見覚えがあった。ナツキがその好意を向ける相手といえば――。
「え、えっと、ツキさんが茨木童子だったんだよね?」
「はい」
「もしかしてさ、酒呑童子ってのは」
「もちろんそれは――」
 ナツキの頬がポッと赤く染まる。愛おしげな視線が注ぐ先には、もちろん破鍋東がいる。最後のイチゴを平らげたところだった。
「俺の前世だ」
 アズマの声はどこか不機嫌そうだった。
「俺は酒呑童子だったそうだ」
「我ら大江山党の首領、八岐大蛇やまたのおろちの令孫」
 ナツキはうっとりとアズマを見つめた。
「そう、アズマ君こそが日本最強の鬼!」
 ぐっと拳に力をこめて、ナツキは言い放った。と同時にハッと口をつぐんで、手を膝に戻した。頬が赤くなっている。
(か、かわいい……)
 ナツキの仕草にリョウは思わず萌えてしまう。
「……で、それから?」
「地獄で――叛乱が起こったんです」
「うわ、超展開!」
 夏のお盆の頃、地獄が手薄になるスキをついて、罪人の一部が叛乱を起こした。すぐ鎮圧されるかと思いきや、叛乱軍は破竹の勢いで地獄軍を撃破していった。
「叛乱軍には強力なリーダーがいたんです」
「そのリーダーって?」
「源義経」
「ぶほっ!」
 リョウはまた噴き出した。意外すぎる人名だった。
「義経ってあれだよね? 鎌倉幕府つくった頼朝の弟の……」
「はい。源九郎判官義経みなもとのくろうはんがんよしつね、非業の死を遂げた武将です」
 源義経は平安時代の末を生きた武将。平家討伐に大功あったが、兄の頼朝と折り合いが悪く、最後はその兄の命令で討伐された。この悲劇のヒーローは伝説化され、長く人々に愛されてきた。「判官びいき」という言葉は、彼の官職が検非違使――つまり判官だったところから来ている。
「なんでそんな人が地獄にいるの?」
「彼はヒーローのイメージが強いですが、不良少年だったこともあるし、非戦闘員を殺したこともあります」
「あー……別の視点から見れば悪人なのね」
「ええ。彼はあろうことか、地獄の釜の蓋を盗んで、それを鋳潰して武具にしてしまったんです」
「何でそんなもの盗まれるんだ……」
「お盆の頃で油断していたんです、たぶん」
「あの時期はイベントもあるしねー」
 イズルが茶化す。
「え?」
「黄泉ケットさ。漫画の神様も来るってんで、大盛況らしいよ」
「嘘だ!」
「入稿はお焚き上げで可能です」
「ツキさんまで!」
「やめろ、話が進まん」
 アズマがツッコんで、兄妹は話を元に戻した。
「獄卒は戦ったのですが――敗れました。茨木童子も酒呑童子も、斬られてしまったのです」
「で、叛乱はどうなったの?」
「成功しました。義経一行は地獄を制圧し、閻魔様を戴いて地獄を治めたのです」
「義経が地獄の支配者ねぇ……何か信じられないなぁ」
「でも、それも長くは続きませんでした」
「というと?」
「叛乱を成功しましたが、義経は閻魔様や神様、仏様に地獄の釜の蓋を弁償するようにたびたび警告され――それが嫌で、この人間界に逃げ出したのです」
「うわあ、いい加減な奴もいたもんだなぁ」
 地獄の釜の蓋が失われた。義経も逃げ出した。
 罪人の世・地獄の秩序は失われ、その混乱が人間界にもおよんでいる。それが今夜、リョウたちが襲われた原因だという。
「この混乱をおさめるため、義経を捕えなければならない。ということで、天界や地獄の神仏が話し合って、しかるべき追手を差し向けることにしたのです」
「追手……それはつまり」
「はい。人間界に生まれ変わった、アズマ君とわたしなのです」
 アズマとナツキは鬼の生まれ変わり――。
「ナベさんの前世が……鬼……」
 リョウは呆然とつぶやいた。ナベさんが鬼、ナベさんが鬼、と繰り返す。
「ぷふっ」
「おい、なぜ笑う」
「いや、だって、ふふ、ぴったりすぎてさ」
 リョウはプークスクスと笑いだした。我慢しようとすればするほど、笑いは増幅される。
「ナベさんが鬼、ナベさんがー……あはははは!」
「笑うな!」
 ヒーヒー笑うリョウに、アズマがさらにブスッと鬼瓦顔になる。竹葉兄妹は顔を見合わせて、そして笑った。
「よかったねぇアズマ君。木曽路君は、鬼のキミでも大丈夫だって」
「よくないです、イズルさん」
「そうぶーたれないの。僕らの使命を聞いてドン引きする人だっているわけだし? 前向きに考えなよ」
「ひーひー……僕らの使命、って?」
 笑い転げていたリョウは、目じりの涙を指先でぬぐった。
「そ、ツキちゃんとアズマ君は義経逮捕が使命だけど、僕は僕で使命があるの」
「僕やホタルさんの家――竹葉や、早瀬、それにアズマ君の破鍋家ってのは、名字こそ違え同じ一族でね。僕らはゴーストバスターの家系なんだ」
 同じ神仏の力をもとに、何百年と結束してきた一族なのだという。アズマとナツキをサポートする体制は、万全というわけだ。
「ツキちゃんらが来てくれたおかげで、ここ最近起こっているモンスターの出現もある程度予測できるんだ。予想範囲に人員を配し、被害を食い止め、世の中がむやみに混乱しないようにする。それが僕の使命」
 一見頼りなさそうな優男が、世の中を守るヒーローというわけだ。
「さて、ここまで話したわけだけど。できれば、今後はキミにも協力してもらいたいんだ」
 イズルはリョウの湯飲みに二杯目を注いだ。
「木曽路君、キミはいい腕の持ち主だよ。トレーニングすれば、もっと強くなる」
「たしかに。木曽路君、刀を取ったら別人みたいでした!」
「もちろん、僕らがサポートするし。今夜のことで敵さんのカンジはわかっただろう? ツキちゃんらとつるんで敵を倒す、簡単なお仕事だよ」
「か、簡単ですかぁ?」
 たしかにケガはしなかったし、戦う手段もある。
「きっとヒーローになれるよー!」
「ヒーロー……」
 リョウの胸が、ドキリと高鳴った。
「君は選ばれし第三の戦士なんだよ、きっと!」
 イズルがあおる。リョウはどんどん胸が高鳴るのを感じた。
「オレ……」
「やめておけ」
 アズマが水を差した。
「リョウはただの高校生だ。こんなことに巻き込むな」
「な、ナベさん……」
「俺だって、あんなバケモノどもの相手なんぞしたくない」
「アズマ君!」
「帰る」
「待って、アズマ君」
 アズマは立ち上がった。ナツキが引き止める。
「もう一度言う。リョウを巻き込むな。お前も危ない橋をわたるのはやめろ」
「そんなこと言わないでください。これは使命なんです」
「……俺たちは普通の高校生だ」
「だからわたしたちは」
「お前、最近成績が落ちてきただろう。学生の本分を忘れ、ゴーストハントなんぞにうつつを抜かしてるからだ」
「そ、それは……」
 アズマに痛いところを突かれたらしく、ナツキがうつむく。
「次はきちんとします! 心配ありません!」
「駄目だ」
 ナツキとアズマはそのまま口論に突入した。
 イズルがため息をついて立ち上がる。ポカンとしていたリョウの肩を叩く。
「あーなると長いよ。もう遅いし、先に送ってってあげよう」
「いいんですか? だって……」
「アズマ君んちは隣だし。彼は遅くなっても心配ないよ」
 イズルは苦笑した。
「ま、犬も食わない何とやら〜ってやつ。心配しないでいーよ。何てったって前世からずーっとつきあいのある、しかも幼馴染同士だし」
「そんなもんですかね……?」
「そんなもんかもよ〜」
 ダイニングを出て、玄関へ向かう。それに気づいたホタルが駆け寄ってきた。
「……お帰りですか?」
「うん、僕が送ってくよ〜」
「マスミさんは……?」
「ま、大丈夫そうだし。今夜はいいや。あとはよろしく〜」
「かしこまりました……お気をつけて」
 ホタルが深々とお辞儀する。
「さ、行こうか」
 イズルはリョウを促して、玄関を出た。


 リョウは、自宅のすこし前まで送ってもらった。まん前に車をつけると、家族に今夜のことがバレそうだったからだ。丁寧に礼をすると、イズルはニコニコ笑って去っていった。
「ただいまー」
「おかえりー。もー、兄ちゃん遅いー!」
 出迎えたのは、妹の風美かざみだった。明るい色の髪をツインテールにした、屈託のない少女だ。
 今はかわいい頬をふくらませて、プリプリ怒っている。
「ごめん、もしかして待ってた?」
「すぐ帰ってくると思ったもんー」
 妹は兄の帰宅を待ってから、夕食にするつもりだったらしい。キッチンに入ると、ガスコンロの火を着けた。カレーの匂いがする。
 リョウは荷物を自室に置き、制服を脱いだ。部屋着に着替えて、キッチンに戻る。
「お、今日カレーなんだ」
 炊飯器を開いて、皿に飯をよそう。カザミに渡す。カザミはたっぷりカレーをかける。冷蔵庫からサラダを出して、二人分の食事がテーブルに並んだ。
「いただきます」
「いただきまーす」
「テレビ、つけていいか?」
「ニュースがいいー」
「渋いよな、お前の趣味……」
「えー、バラエティよりニュースのが面白いよ!」
 リョウは肩をすくめ、ニュースにチャンネルを合わせた。
『……竜巻とみられる突風が発生し、多数、怪我人が出ているということです』
 真面目そうなキャスターが、異常気象のニュースを伝えていた。
「うわーこわー。場所、結構近いね」
「まあ突風じゃ防ぎようがないよなぁ」
「このへんも何か変に物騒だよねぇ。行方不明になっちゃった人とかいるみたいだし」
「……お前も気をつけろよ」
 思わず今夜のことが頭をよぎった。
 もしもあの空間に取りこまれ、ゾンビに殺されたら、いったいどうなってしまうのだろう?
「兄ちゃんも気をつけてね。今日、遅かったしねー」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。もしかして幽霊にでも会っちゃったー?」
 いつもは聞き流す軽口だったが、内心ドキッとした。
「……ちがうよ、ちょっと問題解くのに手間取って」
「あは、兄ちゃんはアタマ悪いもんね〜」
「何だとー!?」
 ドキドキしていたのも忘れ、リョウはリモコンをひっつかんでチャンネルを変えた。極彩色のバラエティ番組が、ちょうど大爆笑の渦にのみこまれていた。
「きゃ〜やめてよ! つまんないー」
「くだらないこと言うからだー!」
 リョウは笑いながら、チャンネルをもとに戻した。
「そういや、母さんから何か連絡あった?」
「ないよ〜」
 父親も母親も、仕事となれば何日も家を空ける。寂しくないと言えばウソになるが、リョウは高校二年生、カザミは中学一年生だ。留守番に不平を言うような歳でもない。家事をこなすのは骨が折れるが、分担してなんとかやっている。
(そういやツキさんとこも、仕事で親いないって言ってたな……)
 親近感がわく。ただ、あの家はお手伝いさん装備だ。ちょっとうらやましい。
「どしたの?」
「何でもない」
 油断すると、いろいろ考えてしまいそうだ。リョウは目の前のカレーに集中した。
「にゃーぅ」
「お、ガーちゃんおはよう」
 太ったキジトラのネコが、のそのそのそとキッチンに入ってきた。本名はガジュマルといい、「ガーちゃん」は愛称だ。
「ガーちゃんにエサやった?」
「二時間前くらいにやったよ?」
「なー」
「だってさ。もらったんだろ?」
「なー」
「食べたでしょ?」
「なー」
「あーはいはい」
 ガジュマルの催促に負けて、リョウはドライキャットフードを数粒だけ餌皿に出した。
「なー」
「あんまり食べると吐くからダメ」
 ガジュマルはあきらめたのか、餌皿をフンフンと嗅いで、食べ始めた。
『もうすぐ夏休み。今年、海外で休暇を過ごす人の数は……』
 ニュースは、ようやく明るい話題に移っていた。

 翌日。校門前で、リョウとアズマは顔を合わせた。
「ナベさん、おはよう!」
 リョウはとりあえず元気いっぱい挨拶した。
「……おはよう」
 アズマはいつもと変わらないように見えた。
「昨日はすまなかった。体は大丈夫か?」
「何ともないよ。オレこそナベさんに助けられたんだし、気にしなくっていいのに」
 アズマは意外と気にしていたらしい。その優しいところが、リョウは好きだった。
「木曽路君、おはようございます」
「ツキさん!」
「昨日はごめんなさい。お体は大丈夫ですか?」
「うんうん、もー元気いっぱい! 心配ないよー!」
「よかった」
 ナツキはほっとしたように笑った。
「リョウ」
「何?」
「放課後、すこし残ってくれ」
「ん、いいよ。あ、おはよー」
「おはよーテンパリ! 今日もひどい寝ぐせだなー」
「うっせー! 天パは生まれつきだよ、悪かったなー!」
 軽口で挨拶してきた別のクラスメイトを、リョウは走ってドつきにいく。その背中を、アズマとナツキは並んで見つめていた。


 その日も、授業はいつもと同じように終わった。
 皆、クラブに行ったり、帰宅したり、塾に行ったり。教室はあっという間にカラになった。
 リョウとアズマはその時間帯を待って、向かい合って座った。
「リョウ、昨日のことだが」
「うん」
「…………」
「…………」
 沈黙が流れる。
「あのさ、ナベさん」
 リョウが先手を打った。
「義経捕まえるのって、ナベさんの使命なんだよね?」
「……俺には前世の記憶がない」
「え?」
「だから、俺が鬼などと言われても実感がない。俺は戦いたくない」
「でも、昨日すごかったじゃん」
「お前を危ない目に合わせた」
 アズマはうつむいた。
 イズルは調子のいいことを言ったが、現実は甘くない。あの結界に取りこまれたままバケモノの餌食となり、帰ってこなくなった者もいるという。
「俺は戦いたくない。ここで、普通の生活がしたい」
「ナベさん……」
「お前も、これ以上クビを突っ込むとあともどりできなくなるぞ。やめておけ」
「やだね」
「っ、リョウ!?」
「オレさ、ヒーローっていうのに憧れてたんだよ〜。しかもあのツキさんと一緒なんて願ったり叶ったり!」
 リョウは親友の心配を一蹴した。気持ちは、昨夜で決まっていた。
「ああ、あるいは神隠しにあった美少女を助けて恋が芽生えるかも!」
 目をキラキラさせるリョウ。一方のアズマは右手を首筋にやってうつむいた。
 リョウはポンと手を叩くと、席を立った。
「待て、どこに行く?」
「ツキさんにも話してくるんだ。オレも戦うってね!」
 ナツキは隣のクラスだ。もう帰ってしまってるかもしれないが、運がよければ会える。リョウはウキウキ教室を出ていった。
「まったく……」
 残されたアズマが深々とため息をつく。
「人の気も知らずに」
 楽観的すぎるのも考えものだ。


 隣のクラスに、ナツキはまだ残っているようだった。わずかに開いたドアのスキマから、あの黒髪が見える。
「あ、いたいた……」
 リョウはドアを開けようとしたが――チラッと見えた別の人影に、手を止めた。
 ナツキが男子と二人きりで向かい合っていた。
「竹葉さんのこと、前からいいなーって思っててさ」
 男子には見覚えがあった。たしかナツキと同じクラスだ。
「よかったら付き合ってくれない?」
「どちらにですか? わたし、これから帰らないといけないんですけど」
「いや、そうじゃなくて……」
 どうやら告白シーンらしいが、会話が噛み合っていない。
 リョウは息を殺し、スキマから様子をうかがう。
「ほかに好きな人とかいるの?」
「います」
「え、もしかして……破鍋と付き合ってるって噂、マジ?」
「小さい頃からのお付き合いです」
「いや、そうじゃなくってさあ」
 聞いててヤキモキイライラする会話だ。思わずハンカチをキリキリ噛みたくなる。
「あんなゴリラのどこがいいんだって。なぁー俺と付き合おうぜ?」
 男子はぐっと身を乗り出した。
「あんな不良、品行方正な竹葉さんには合わないって!」
 パーン!
 高らかに殴打音が響いた。
 男子の体が、宙を舞っていた。
 ドンガラガッチャーン! と派手な音を立てて、男子は机を薙ぎ倒して床に這った。
 見た目はユリの花のようなナツキでも、その本質は鬼だ。アズマをも軽々投げ飛ばす怪力は、平手打ちといえども破壊力抜群らしい。
「がっ、ぐえっ」
「アズマ君のこと、悪く言わないでください!」
 つぶれたカエルのようにうめく男子を、ナツキは怒鳴りつけた。
「わたしが好きなのは、あとにも先にもアズマ君だけ! わたしは身も心もアズマ君に捧げると決めたんです!」
「な……」
 男子が目をひん剥く。
「アズマ君のことは……」
 突然、ナツキの瞳からポロポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「え? 何っ、泣いてんの? ごほっ……ちょ、意味分かんないんだけど!」
 何とか立ち上がった男子が、ナツキの肩をつかむ。
「さ、さわらないでください!」
「ふざけんなよっ!」
 マズイ空気だ。
 リョウは意を決して、ドアを勢いよく開けた。
「おい! 何やってんだ!」
「えっ、いやっ」
 まさか闖入者があるとは思っていなかったらしく、男子生徒はアタフタと別のドアから逃げようとする。しかしその退路を、なだれ込んできた女子によって封じられた。
「ちょっと中村、何してんの!?」
「ツキさん泣いてんじゃん!」
「ツキさん、大丈夫?」
「ふえっ……ごめん、なさい……」
「かーわーいーそー!」
「何したのよ!」
「謝んなさいよー!」
 男子を敵認定した女子ほど、強いものはない。高音域の波状攻撃を受けては、イケメンも形無しだ。
(あいつ死んだな)
 イケメンを責める女子の中には、「スピーカー」と揶揄される子も混じっている。おそらく数日中には「ツキさんにセクハラかまして泣かせたサイテー野郎」というレベルの噂が、校内を駆け巡るだろう。想像するだに恐ろしい。
「で、テンパリは何してんのよ?」
「げ」
 リョウと同じクラスの女子だった。ここで上手く答えないと、自分も噂の餌食だ。
「その、声が聞こえて、えと、ツキさんが泣いてたからその……」
「助けに入ってくれたの?」
「う、うん」
「じゃ、ツキさん頼んでいい?」
「えっ」
「ほら、カバン」
 まだグスグス泣くナツキと、彼女のカバンを押しつけられた。
 リョウはとりあえず、購買部の外にある自販機のあたりまで連れていった。コーヒーを買って、ナツキに渡す。
「木曽路君……」
「も、もう大丈夫だよ、ツキさん」
 ナツキは泣きやんでいたが、目が真っ赤だった。
「ありがとう、木曽路君。ごめんなさい。コーヒー代、払いますね」
「いや、いいよ。百円くらい、気にしないで」
「ありがとう……でも、何かお礼を」
 このシチュエーションは、いわゆる恋愛フラグを立てるチャンスじゃないか!?
「え……えと、じゃ、お礼の代わりって言ったら何だけど……」
 慎重に言葉を選ぶ。妙にドキドキする。
「その、リョウ、でいいよ。木曽路君、じゃなくて」
 ナツキはキョトンとリョウを見つめる。
「あっ、イヤならいいんだ! ゴメンね、変なこと言って!」
 リョウはあわてて手を振った。
「えっと……リョウくん?」
「え……」
「ありがとう、リョウ君」
「ふわあああー」
 リョウは自分のまわりにピンクのバラが咲き誇るのを感じた。
「こ、これが萌えという感覚か……!」
「どうかしましたか?」
「い、いや! 何でもないよ!」
 脳内のバラを急いで刈って、リョウは真面目な顔に戻る。
「そうだ、ツキさんに言わなきゃと思ってたことがあるんだ」
「何でしょう?」
「オレ、ツキさんらに協力するよ。一緒に戦おう!」
「本当ですか?」
 一緒に義経を追う戦いに加わる。リョウは
「どこに行ったと思ったら、ここにいたのか」
 アズマが自身とリョウの鞄を持って、購買前にやってきた。
「竹葉、目が赤いぞ。どうした?」
「何でもないです。気にしないで」
 三人は並んだ。
「リョウ君が、わたしたちに協力してくれるそうです」
「……本気か、リョウ?」
「もちろん、本気!」
 リョウはきっぱり答える。アズマは大きな肩をがっくり落として、頭を抱える。
「あれ、どこ行くの、ナベさん?」
「……帰る」
「わたしたちも帰りましょう」
 校門を出ると、紫のミニバンが停まっていた。
「あ、兄さんですね」
 むこうもこちらに気づいたらしい。イズルが車から降りてきた。
「や、お三方!」
「兄さん、ずっと待っていたんですか?」
「ううん、今来たとこ。さ、男子二人も、送ったげるから乗って乗って」
 ナツキが助手席、アズマとリョウは後部座席に乗る。アズマだけは嫌そうだったが、素直に乗った。
 イズルはすぐには発車させず、ラジオを小さくかけた。
「昨日の話のつづきがしたくってね〜。どう、何か考え変わった?」
「オレ、ツキさんに協力します」
「そう言ってくれると思ったよ。あとは、アズマ君だけだな〜」
「…………」
 黙りこむアズマに、イズルは軽く肩をすくめる。
「君ががんばってくれると、リョウ君もツキちゃんも危険を冒さずに済むんだ」
「…………」
「君は友達を見捨てるような人間じゃないと思ってるんだけどな〜」
「人質か……!」
「人聞きが悪いよ、アズマ君。一人よりは二人、二人よりは三人がいーって言ってるの」
 イズルは人の良さそうな笑みを浮かべるばかりだ。
 アズマはバックミラーごしにイズルを睨んでいたが、やがてあきらめたように肩を落とした。
「……よろしくお願いします」
「よし、決まりっ!」
「アズマ君、三人でがんばりましょうね!」
「あまりがんばりたくはないがな」
「ナベさ〜ん、そう言わずに」
「じゃあお祝いをかねて、甘い物おごってあげる。コルボーのケーキなんてどう?」
 イズルがアズマの機嫌を回復させる最強のジョーカーを切った。
「賛成! お二人は?」
「オレはどこでもいいよ〜」
「……行く」
「決まりだね〜。んじゃ、シートベルトをどうぞ」
 ラジオの音量が上げられ、ノリのいい音楽とともに、ミニバンは道路に滑り出した。


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