靴の合わないシンデレラ


 靴の合わないシンデレラ。
「嗚呼、どうして合わないの?」
 靴の合わないシンデレラ。
 お城の使いが帰ってゆく。


 魔法使いに導かれ、参上した舞踏会。
 立派な王宮の大広間、王子様と出会ったのに。

 靴の合わないシンデレラ。
 お城の使いは帰っていった。

 王子様は、あの王宮は。
 所詮、ドレスの者しか入れない。
 ドレスを来て、馬車に乗って、ガラスの靴で参上せねば。
 王子様とのダンスも叶いはしない。

 宝石だらけのドレスを着て。
 小さな足に合うガラスの靴。
 カチンカチンと鳴る、奇麗な奇麗なガラスの靴。

 ニコリと笑う王子様。
 魔法で飾ったシンデレラに、すっかり騙され恋虜の身。
 ワルツを踊るシンデレラ。
 ガラスの靴が、カチンカチン。

 魔法の解ける時間になった。
 シンデレラはあわてて退出。
 ガラスの靴は落っこちた。

 王子様は探してる。
 奇麗な奇麗なお姫様。名も告げず去った、お姫様。
 王子様は命令を、国中に命令を出した。

「小さな小さなガラスの靴、この靴に合う少女を探し出せ」

 シンデレラのお屋敷にも、お城の使いがやってきた。
 いじわる姉たちにはもちろん合わない。
 さあシンデレラの番になる。

「どうして靴が合わないの?」

 失望したのはシンデレラ。
 妃になれぬ、灰かぶり。
 またこれからも、灰かぶり。
 汚い汚い屋根裏部屋で。
 カボチャを前に涙も出ない。眠れない。

 そこへ魔法使いがやってくる。
 黒い衣をひるがえし、小さく小さくこう告げた。

「あの靴は、魔法がゆっくり解けていく。舞踏会のあの夜から、ガラスの靴は縮んだの」
「どうしてそんな、ことをしたの?」
「真実を見せるためさ、シンデレラ」

 魔法使いは残酷だった。
 人の性をシンデレラに教えたのだ。

 所詮、あの王子様。
 ドレスの娘にしか興味ない。
 真実、恋した者を探すなら、みずから出向いて探すはず。

「それに、それにさ、シンデレラ」

 魔法使いはさらに言う。

「この国はもう、長くない」

 ドレスの者しか興味ない王宮は、根っこの根っこも腐りはて。
 民の不満も限界だ。やがて衰退の国となる。

 いずれ、隣国に攻め滅ぼされるか。
 やがて、大きな叛乱が起こるだろう。

「戦いたくないかい、シンデレラ」

 いずくの国に手渡すなら。
 いずくの民が立ち上がるなら。
 いっそ自分の国にしたくはないか。

「見てくれだけの貴族を倒し、新たな国を作るんだ」

 シンデレラはうなずいた。
 ふたたび魔法の力を借りる。

 魔法使いが手渡したのは、銀の靴。
 銀の板で覆われた、戦いのブーツ。

「大丈夫だよ、シンデレラ。今度のドレスは解けたりしない」

 纏わされたドレスは、銀の鎧。
 丈夫な鉄板で覆われた、魔法の軽い銀の鎧。

 嗚呼、しばらくして。
 シンデレラの姿が屋敷から消えた。

 かわりに叛乱軍が煙を上げて、王都へ王都へ向かってきた。
 先頭の騎馬には、シンデレラ。銀色の靴のシンデレラ。
 「灰の姫将軍」と名乗る、シンデレラ。

 銀の靴はたちまちに、赤い靴へと変貌する。
 この靴はのちのちに、背徳の靴と呼ばれるだろうか。
 いいや、今は気にする暇もない。

 踊れ、踊れ、叛乱のワルツ。
 先頭に立つのはシンデレラ。
 戦場の灰にまみれた、お姫様。

 やがて王城の門は開き、叛乱軍は押し寄せた。

 嗚呼、鎧のシンデレラ。
 灰をかぶった、叛乱軍のお姫様。
 王族の部屋の扉を開かせて、真っ赤な銀の靴で踏みこむ。

 脅える王族を斬り殺す。
 貴族のカツラをむしりとり、テラスの上から投げ捨てた。
 あの日ワルツを踊った大広間、貴族の死体で満たされた。

 でもまだ足りない。

「王子を探せ! 暗愚なる王の子を!」

 灰の姫将軍の声が響きわたる。
 姫将軍もまた、銀の靴で探しまわった。

 小さな小さな隠し部屋。
 シンデレラは見つけてしまった。

 脅えて隠れる王子様。
 シンデレラを見て悲鳴を上げた。

「やっと見つけた、王子様」
「お前など知らない、叛逆者!」
「いいえ、一度、会っている。一緒にワルツを踊ったわ」
「そんな馬鹿げた話があるか」
「わたしの落としたガラスの靴、いったいアレはどうなった?」

 王子様はハッとした。
 震える両手を差し出した。

 美しすぎるその両手の中に、小さな小さなガラスがあった。

「靴が、靴が、どんどん小さくなるんだ」

 ガラスの靴の大きさは、もはや小指ほどもない。
 ゆっくり解ける、魔法のせいだ。
 だけどまだ、ガラスの靴はあったのだ。

「でも忘れない。忘れていない。あの日、恋した姫のことを」
「だからガラスの靴を持ったまま?」
「あなたなのか? あなたなのか。あの日、ワルツを踊った愛しき姫か」

 王子の瞳から怯えが消えた。
 青く輝く瞳から、希望と陶酔が浮かんでる。

「愛している。愛しているよ。今でも、今でも愛しています」

 哀願に似た王子の告白。
 乙女であったシンデレラなら、きっと愛を受け入れた。

「うそつき」

 シンデレラは剣を振る。
 王子様の両手ごと、ガラスの靴は床に落ちる。

 カチンカチンと音を立て、ワルツを踊ったガラスの靴。
 砕け散ったら、もう履けない。

 でも、いい。
 見てくれだけの世界の中で、ワルツはじゅうぶん踊ったわ。

 シンデレラは勝利した。
 王国を滅ぼし、その頂点に達した。
 英雄といわれたシンデレラ。
 彼女を支えた戦士たちが、彼女のまわりに集まってくる。

「姫将軍を、新たな王とし、新たな国を作りましょう」
「いいえ、わたしは王にはならない」
「どうしてですか、姫将軍」
「わたしも貴族の、生まれだからよ」

 王宮を真っ赤に染めた、あの血を受け継ぎ、生まれ出て。
 それでも灰をかぶっていたお姫様。
 シンデレラの名のままに。
 国を滅ぼし、王子を殺し。
 貴族を滅ぼす、死神の姫。

「魔法を解くわ」

 シンデレラの姿が消えた。

 魔法の解けたシンデレラ。
 もう誰にも姿が見えない。

 残された赤い銀の靴。
 履きこなせる者はもういない。

 灰の姫将軍がどこに消えたか。
 誰にもわからない。誰も知らない。
 叛乱軍は気がついた。
 勝利へと導きし姫の名前を、軍の誰もが知らなかったと。
 ただ魔法の銀の鎧と、銀の靴をはいた麗人が。
 叛乱軍を導き、国を滅ぼさせたと。

 出自もわからぬ。
 動機も知らぬ。

 誰も知らない。
 誰も知らない、シンデレラ。

 困り果てた叛乱軍。
 だが、国を滅ぼしたままにはしておけぬ。
 ゆっくりゆっくり、新しい国が生まれ育った。

 やがて叛乱軍の少年が、銀の靴を持って旅に出た。

「この靴に合う足の女性を探しています」

 きっと靴に合う者は、世界のどこにもいないだろう。
 魔法の解けたシンデレラは、誰にも探せはしないのだから。

 誰も知らない、シンデレラ。
 靴の合わない、シンデレラ。


「もう魔法はいらないかい」

「ええ、いらない。もう必要ない」


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初出:2012年壬辰06月18日
また叙情詩風。これ、マジメに文章化しても面白そうですね。腐敗した貴族社会、夢を破られ戦いに身を投じるシンデレラ、サドッ気のある魔法使い、夢見るだけの王子……キャラ立ってきたなぁ(笑)
マジメに中〜長編化してみるのもいいかな、と思います。

[HEAVEN'S GARDEN]様から、背景素材をお借りしました。