あるお姫様のおはなし


 あるおてんばなお姫様。
 小さい頃から夢を持つ。

 あのね、わたくし、騎士になりたい
 剣を持った英雄になるの


 けれども父の伯爵は。
 ため息ついて、娘に言った。

 よいか、娘よ
 よくお聞き
 この国は女は騎士にはなれぬ
 国の定めで騎士にはなれぬ


 だから娘よ、その夢捨てて
 美しき姫になれるよう
 美しき姫になれるよう育ちなさい


 お姫様は夢を捨て、姫君になる教育受けた。
 ダンスにピアノ、詩に刺繍。
 いつか騎士の妻になる。
 それだけを糧に生きてきた。

 あるとき、国で戦があった。
 大帝国の侵略軍、波涛の勢い、国を攻め。
 誰もが負ける戦と思った。

 しかし国は勝利した。
 人々は言う。
 英雄が、英雄が現れたのだと。

 凱旋の行列が、王都に悠々帰還する。
 帝国軍を退けた、英雄の姿をひとめ見ようと。
 街路に人が詰めかけた。

 お姫様も馬車の中から、凱旋行列ご覧になった。
 ああ、凛々しい騎士達が。
 手を振りながら帰ってくる。

 英雄が来たぞ!
 英雄の騎士、ロゼオール様!


 その姿を見たときに、お姫様は驚愕した。
 英雄の胸にふたつのふくらみ。
 美しい顔、細い体。
 鎧姿の女人こそ、英雄の騎士だと皆は言う。

 どういうことなの
 女で騎士とはどういうことなの


 お姫様は考える。

 あの女の方は誰?

 お姫様は従者に尋ねる。
 従者は何も考えず、お姫様に返事する。

 ああ、あの方は
 サー・クリスティーナ・ロゼオール
 此度の戦で活躍し
 騎士の位を得られたお方です


 お姫様にはその言葉、絶望以外のものでなし。
 騎士の位を持つ女人。
 この国におらぬはずの者。
 お姫様は、父の伯爵を問い詰める。

 どういうことなの、お父様
 この国は、ああ、この国では、お父様
 女は騎士になれぬといった


 父は娘の問いかけに、ため息まじりに返事した。

 ロゼオール卿はもとは孤児
 傭兵から身を立てて
 此度の戦で帝国を、見事退けたる大英傑
 しかれば王も特例で、あの方を騎士になされたのだ

 さあ、準備をしなさい
 今宵は舞踏会
 先勝祝いの舞踏会
 凛々しき騎士様たちに、お前の顔を見てもらおう


 綺麗な綺麗な舞踏会。
 浮かれたステップ、ドレスが舞う。

 ロゼオール卿の姿を見つけ。
 お姫様はさらに悲しき思いをする。

 騎士の位を持つ女人、ドレス姿も美しく。
 コルセットで締めた腰、豊かに広がるスカートも。
 優雅という名の女神のよう。
 城に集まる姫君達も。
 ロゼオール卿にはかなうまい。

 せめてあの英雄が。
 無骨な鎧姿であったなら。
 こんなに惨めにならずに済んだ。

 お姫様は思わず泣いた。
 惨めな泣き顔、隠そうと。
 王宮の庭に逃げていく。

 夢を捨てたお姫様。
 夢は叶うと知ってしまった。
 でももう自分はお姫様。
 剣を握ったことさえない。

 お姫様
 お姫様


 誰かが声をかけてきた。
 ロゼオール卿が立っていた。

 こんなに暗い場所にいては
 いかに王宮といえど危のう御座います
 お体が優れぬならば
 お屋敷にお戻りになられては?


 そんなことは聞きたくないと。
 お姫様は問い詰めた。

 どうしてあなたは騎士になった?
 女は騎士になれないの
 ああ、この国ではなれないの


 騎士の女人は何かを悟り。
 お姫様にそっと告げた。

 わたしは王都の貧民育ち
 十三の歳で傭兵になり
 ずっと戦で暮らしてきた

 お姫様よ、よく聞いて
 騎士になることは人を殺すこと
 貴女はきっと御出来にならない

 わたしはこんなドレスを着ても
 戦争以外に生きられませぬ

 お姫様、生まれながらのお姫様
 どうか立派な騎士の妻に、貴女ならばなれましょう
 夫の帰りを待ってください
 待つ人あらば戦えまする


 お姫様はただ泣いた。
 自分が刺繍を習ったときに。
 この方は剣を握っていた。
 自分がダンスを習ったときに。
 この方は馬に乗っていた。

 ただ道が違っていただけ。
 羨んでも仕方のない。

 自分はただお姫様。
 この方はただ英雄の騎士。

 それだけのお話。
 あるお姫様のおはなし。 


‖ 戻る ‖
初出:2012年壬辰04月04日

歌劇調というか、叙情詩調というか、そんな感じに挑戦。またHTMLを使って、文字色を変えることでセリフの雰囲気を出してみました。
[Heaven's Garden]様から素材をお借りしました。