「……なあ、なんでお前は結婚しないの?」
第一王子アーネストは、従卒の女性武官ユニスに尋ねた。
武術調練が終わっての、つかのまの休息時間だった。アーネストは容赦なく打ちすえられた体を、長椅子に横たえていた。華美な装飾の施された長椅子だった。
「ねーユニスー」
ユニスは軽く肩をすくめただけで、答えなかった。いつものことなので、アーネストも気にしない。
「お前の子供なら、男は勇猛、女は美人になるだろうな。あ、でも女はじゃじゃ馬になるかも」
ユニスは、アーネストの乳母の娘だった。乳母の夫は武官で、娘も同じ道を選んだ。今、ユニスはアーネストの護衛兼世話係だ。
「なあ、なんで結婚しないの?」
「心に決めた御方がおりますので」
ユニスがようやく、しかしあっさりと答えた。
アーネストはがっぱと起き上がった。目がキラキラと輝いている。
「誰!? 誰!? キアランとかデリックとか?」
「いいえ」
「じゃあ、もしかして……もしかしてバーナードとか? あーゆーの趣味?」
何人か、彼女と懇意にしている武官を挙げる。
しかしユニスはフー……とため息をついただけだった。
「そんなことだから、弟王子様がたの方が先にご成婚なされるのです」
「なんだよ! 教えてくれなかったのは、ユニスだろう!?」
アーネストは「ぷー」と膨れる。
「教えて、ユニス。オレとユニスの仲でしょ?」
「教えてさしあげたら、午後の政務、サボらずにやっていただけますか?」
「するする! もーなんでもしちゃう」
「あなたです、アーネスト様」
「…………へ?」
アーネストはぽかん、と口を開けた。そしてすぐその意味を理解して、ユニスに食ってかかった。
「嘘だ! だって調練じゃマジ殴りしてくるじゃないか!」
ユニスはまた肩をすくめた。
「〈愛する〉ということと、〈甘やかす〉ということは別ですわ」
さらりと答える。そして困ったように首をかたむけた。
「あまりユニスをいじめないでくださいませ。これでも、女としての恥じらいはありますので」
「あ……」
女の口から恋愛事情を話させる。デリカシーがないと言われても文句は言えない。
「ごめん」
アーネストが謝ると、ユニスはクス、と笑った。
「わかっています。あなたがそういう御方だと」
「ユニス……」
「でも、わかっていても、生涯このユニスが愛する方は、あなたお一人です」
「…………」
アーネストが、クッションに顔をうずめた。
「ユニスって、結構恥ずかしい奴だったんだな」
「お誉めの言葉と、取っておきます」
ユニスがふ、と笑った。
(……かわいい、かも)
今までとは違う動悸を、アーネストは感じた。
「ではお約束です、アーネスト様。午後の政務に入りなさいませ」
「も、もうちょっとだけ休ませて」
「ダメです」
アーネストがすがるような視線で見上げるが、ユニスは動じない。
「〈愛する〉ということと、〈甘やかす〉ということは違いますので」
アーネストはかっくりとうなだれた。降伏の合図だった。
午後の日差しだけが、やけに優しかった。
終
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