あの、処刑の日から、また一月ほどが過ぎた。
玉髄(ギョクズイ)は騎龍になってから半月のあいだ、自邸で療養した。
いまはまた、侍従として宮廷に出仕している。
あのとき――自分が騎龍になったと知ったときは取り乱した。だがいまは、心も体も落ち着きを取り戻している。
ただ、別のところに不安もあった。周囲が静かなのだ。出仕して十数日、将軍たちも軍師たちも、遠目で見かけることはあった。だが、彼らからなにかを言ってくることはなかった。自分が騎龍になった事実は、なかったことになったのだろうか。玉髄は、そんな思いにすら取りつかれそうになっていた。
(それもそうなんだろうな……)
玉髄とて、知っている。
峰国で、騎龍と認められるのは、霊峰・青山(セイザン)で修業した者だけだ。騎龍の候補たちは、幼いころから、そこで厳しい修行を受けるという。肉体的にも、精神的にも、強大な力を御するために必要なことを、すべて習得するという。
その中に、子を作れないという知識も、含まれているらしい。それはあとから知った。
(父上も……それを知っておられた)
では彼の父はどうだったか。一生子を生さぬと、父も教えられていたのであろうに。
玉髄は、療養中にすこしだけ調べてみた。
(父上は、修行はちゃんとされていた)
簡単な話だった。
玉髄の父――虹玉仙(コウ・ギョクセン)は、虹家の二男だった。
後継ぎである兄の邪魔をせず、ただ一代の栄達を望むために、玉仙は青山に預けられた。
しかし状況が変わった。玉仙の兄が、初陣であっさり戦死してしまったのだ。
玉仙は、もはや如意珠(ニョイジュ)を授けられるだけ、という状態にまで修業を進めていたが、虹家を継ぐために王都へと呼び戻された。呼び戻されて早々、玉仙は結婚した。
そして、結婚から一年半ほどで息子――玉髄が生まれ、玉仙は騎龍になる儀式を受けて、戦地へと赴いた。
それが、だいたいの事情らしかった。
(でも、僕は)
玉髄は、いっさい騎龍になるための訓練を受けていない。
それどころか、軍人ですらない。生前の父からいくらか武術は教えられたが――せいぜい自分ひとりを守るための技ばかりだ。
「玉髄」
「……はっ」
玉髄は、はたと意識を現在に戻した。
見ると、晃耀が口を尖らせている。
「もう、新しい墨を取っておくれって言ってるのに。上の空なんだもの」
「も、申し訳ありません」
玉髄は赤面しながら、新しく磨った墨の入った硯を取る。
ともに仕事をしていた侍中に睨まれ、ますますいたたまれない。
しかし、晃耀はそれ以上玉髄を咎めず、書簡に次々と筆を走らせ、印を押す。
そうするうちに、政務は終わっていた。
「本日はこれですべてでございます」
侍中が拱手する。晃耀は、おごそかに手を振った。
「御苦労。侍中、お前はもう下がりなさい」
「御意」
大人を遠ざけて――晃耀と玉髄だけになった。
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