龍は吟じて虎は吠え
序.燃え落ちる花


 集落が、燃え落ちてゆく。
 炎に包まれた粗末な家々。火に呑まれた屋根が落ち、柱が剥き出しになる。しかし、人々は動かない。地面に横たわって、起きる様子もない。

「クッハッハッハ! よい眺めだ!」

 その悪夢のような情景を、さも愉快そうに笑い飛ばす男がいた。
「青娘(セイジョウ)よ、どう見る?」
 男は笑うのをやめ、振り返った。
 その先に、女が一人立っている。白く厚い布を深く被いているので、顔はわからない。しかし、布からのぞく、ほんのり紅い唇と、白く細い首筋は、女のものだった。
「あいかわらず、だんまりか。まぁよい。我の命令さえ聞いていれば、とりあえず勘弁してやろう」
 立っているだけで反応しない女に、男は言葉も多く、語りかけた。
「将軍、奪えるものはすべて奪いました。あとは、すべて焼き払うのみです」
 幾人かの兵卒が、男を将軍と呼び、報告に来る。彼らのまとう血の匂いは、香のごとく漂った。
「今頃、王都の連中は大あわてであろうな」
 男が、また豪快に笑った。火の音が、それに拍子を加える。
「あやつらがどんな軍を動かそうが、我らが先に、この国を貫いてくれるわ!」
 男は言い放ち、右腕で乱暴に女の肩を抱いた。そして、左手を空にかざした。
朱に染まった、黒い空だった。その空に、立ち昇る蛇体の生命があった。
「お主より受けた、龍の力でな!」
 男は、ぎらついた目でその生命を見据えた。

 跋(バツ)族酋長・跋断京(バツダンケイ)、峰国に侵入。
 春の花が、炎に舐め上げられていった。

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更新:2009年己丑9月1日