龍は吟じて虎は咆え
参ノ四.新たなる出会い


(来てしまった……)
 玉髄は、蟠大湖ハンタイコに連れてこられていた。

 蟠大湖は、峰国東部にある、この国でいちばん大きな湖だ。
 峰国東方をめぐった川が幾筋も注ぎ、「龍たちがわだかまる湖」とも言われる。その湖は、上空から見ると、満月の前に三日月が重なったかのように見える。つまり、湖の半分あたりの場所で、周囲の山が両側からせりだし、湾になっているのだ。
 そしてその湾になっている部分は、王国軍によって管理されていた。騎龍たちを鍛える場として、だ。穏やかな水面に漁師の姿はなく、兵装の者があちらこちらを動き回っていた。

 玉髄ギョクズイは待機しておくよう言われたので、やることもない。人気ひとけのない物陰に座り込んで、湖を眺めていた。
 湖から吹く清涼な風。浅瀬に生える葦が、茎を波のように揺らし、葉を波の泡沫に見立てる。あおい。空も水も葦も、青と緑を重ねあって、碧い。
 だが、その碧い匂いを胸におさめても、玉髄の憂鬱と不安は消えなかった。
「はぁ……」
 玉髄は、数日ぶりのため息をついた。
 彼にとって、先のいくさのごとき気づまりな旅をしたからだ。
 あわただしく王都を出て、しかも自分を快く思っていない剛鋭ゴウエイと道中をともにした。彼らを護衛したのも、剛鋭の手の者ばかり。息をするのも、思わずはばかりそうになったのだ。
 そして、視界いっぱいに開けた水の光景も、これから彼を鍛えるための場所だ。どれだけしごかれるのか、想像するだけで憂鬱だった。

「あ! ねぇ、もしかして、あなたが虹玉髄コウギョクズイ殿?」
「そうだけど……君たちは?」
 名前を呼ばれて、玉髄は振り返った。憂鬱が途切れた。
 見れば、二人の若い兵士が立っていた。歳の頃は、玉髄と同じくらい。片方は黒髪の少女、もう片方は赤毛の少年だった。
「あたし、甘喜玲カンキレイ風加羅フウカラ将軍のとこの、騎龍見習いよ」
「俺は炎亮季エンリョウキテン将軍のもとで、騎龍見習いとして修行してる」
 二人の眼には、きらきらとした輝きがある。すでに気が重くなっている玉髄とは正反対だ。
「よろしく……」
「なんだよ、元気ないじゃないか!」
 いきなり背中を叩かれた。思わず玉髄は咳き込む。
「き……君は元気そうだね」
「あったり前だろ! 騎龍になって、初めての正式な調練だからな。ここで力を見せれば、上への道も開けるってモンだぜ!」
 亮季リョウキと名乗った少年は、輝くばかりの笑顔だ。まぶしい、と玉髄は思った。希望にあふれた彼らは、上に登ることを夢見て――そして、つかもうとしている。自分にはない感情だった。
「ね、ね、宮中ってどんな感じなの? あとで聞かせてね〜」
 喜玲キレイが、年相応の興味を持って、玉髄にねだった。その顔にも希望があふれている。
「見習いども、こっちへ来い! 始めるぞ!」
 剛鋭の怒鳴り声が聞こえる。
 玉髄は思わずすくみそうになったが、もう二人の若者は、水の輝きを瞳に宿した。
「はいっ!」
「よし、行こうか」
「ああ……」
 深呼吸のふりをしたため息を吐いて、玉髄は立ち上がった。

<<前  ‖ 戻る ‖  次>>
初出:2009年12月6日