破鍋プルガトリオ
エピローグ

 ようやく麓に下りた一同は、疲労困憊ながら満たされていた。
 麓は、事後処理の熊野党であふれかえっていた。
 その喧騒のさ中、アズマたちは温かいコーヒーを渡されて、迎えを待っていた。
「ナツキ、すまなかった」
 月を見上げながら、アズマが言った。
「え……?」
 ぱちくり、とナツキは瞬いた。
「今、ナツキって……」
「言った」
 ナツキの頬が、かああああっと赤くなる。それを両手で隠し、ナツキはうつむく。
 その頭に、アズマはぽんと手を置いた。
 ナツキが驚いた様子で顔を上げる。
「よく頑張ったな」
「あ……」
 大きな瞳に、みるみるうちに涙がたまる。
 ナツキは崩れるように、アズマに抱きついた。
「怖かったの。ホントはずっと、とってもとっても怖かったの!」
「ああ」
 わんわん泣くナツキを、アズマはそっとなでた。
「俺が守る。守ってやる、ナツキ」
「うれしい……アズマ君」
 今度は、静かに涙を流した。
 リョウはそんな二人から背を向ける。
 その横にカザミが並んだ。
「お兄ちゃん、フラれちゃった?」
「あー、ま、行くところに行ったカンジ?」
 リョウはカザミの頭にぽん、と手を置いた。
「お前が無事でよかった、カザミ」
「うん」
「帰ろう、ウチへ。お前のカレー、また食いたくなった」
「うん!」
 にっこり笑うカザミに、リョウは心の底から安堵した。


 マスミの治療を受け、リョウたちはヤトー警備が手配したマイクロバスで帰宅した。
 イズルとマスミは熊野に残った。後始末があるそうだ。
「いやーあの時はまいったよ。一族の勢力図、変わっちゃったしねー」
 のちにイズルは、ため息まじりにそう漏らした。
 早瀬蛍らの処遇は、いつになっても教えてもらえなかった。
 どうも様子から察するに、イズルも詳しくは知らないらしい。ただ、逮捕されたり裁判になったり――などという普通の処理が行われなかったのだけは、確かだった。
 救出された不良たちは、そのうちまた街中で見かけるようになった。かなり大人しくなっていて、かえって不気味に感じた。アズマはからまれる回数が激減して、上機嫌だったが。


 夏休みが続く。
「こんにちは」
「あ、アズマさん、ナツキさん、こんにちは!」
「リョウ、いるか?」
「いますよ〜。にーちゃーん! アズマさんたちだよ〜」
 リョウの家に、二人が訪ねてきた。
「おいっす!」
「カザミちゃんも元気そうだな」
「ああ、あの通り。前よりべったりしてくるようになった気がするけど」
「いいじゃないか、大切な家族だろう」
「うん、そうだね」
 絆を深めた夏の始まり。
 血のつながりよりも濃い、魂のつながりがある。
「ガーちゃん、元気か?」
「もー元気元気。最近まーた食べる量が増えてさ。ダイエットさせることにした」
「シャティグレのカリカリがいいぞ」
 アズマが小袋を渡す。ドライキャットフードのサンプルだ。
「お、カロリーカットのカリカリで有名な会社トコじゃん。もらっていいの?」
「ああ」
「なーう」
「お、噂をすれば!」
「わあ、かわいい」
 ナツキがガジュマルを抱きあげる。男子二人はそれをほほえましく見つめた。
「で、どうかした?」
「今夜、三丁目あたりが危ないらしい。来てくれるか?」
「もちろん!」
「兄ちゃん、また行くの?」
「うん」
「気をつけてね」
「まかせろ!」
 あれから、義経一党以上の強敵は現れていない。出動する頻度も減ってきている。
「でも、まだ終わりじゃない」
「ええ」
「地獄の釜の蓋の再生には、時間がかかる。それまで逃亡者たちを……」
「地獄に送り返すわけだな」
「俺たちのつとめだ」
「でも、オレらなら怖くないぜ」
 そして夜が来る。
 また風が吹き、プルガトリオが現れる。
「いくぞ、リョウ!」
「おう! ツキさんも!」
「ええ! 油断しないで、アズマ君!」
 三人の戦士たちが、プルガトリオに舞う。
 友情という絆で結ばれた、現世を生きる。

「オレたち、最強のトリオだぜ!」


破鍋プルガトリオ 完


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